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河童を雇う

作者: 青水

 A社の社長は資料を見て唸っていた。


「ううむ、ここ数年、我が社の営業利益が減ってきている……」


 会社の業種的に、年々利益が減っていくのは仕方がないのかもしれない。だがしかし、このままのペースだと数年後には赤字に転落だ。後10年ほどは頑張りたい。その後は、彼は引退する予定なので、知ったことではない。


「人件費がいささか高いんだよなあ……」


 工場での作業は機械化が進んでいるが、だからといって、現代技術ではすべての工程を機械任せにすることはできない。機械はそこまで器用ではない。単純作業しかできないのだ。よって、工場ではたくさんの人々が社員として働いている。社員の給料は決して高くはないが、あまりにも低すぎると国から怒られるし、奴隷のごとく働かせるのも難しくなってきている。


「人件費を減らせば利益が上がるんだけどなあ」


 しかし、社員を簡単にはクビにできないし、クビにしたとしても、代わりに誰を働かせるというのだ? 社長は問題を先送りにすることにした。


 ◇


 A社は赤字になってしまった! 

 このままでは会社がつぶれかねない。どうしてそうなってしまったのかというと、その理由を一言で言うことは難しい。日本全体の経済がやや鈍化したり、輸出先の国で内紛が起こったり、会社の不祥事が明るみになって株価や評判が落ちてしまったり……と、悪いことが重なってしまったのだ。

 社員を大勢リストラすることになった(もちろん、会社の役員等はクビにはならないし、給料も減らない)。アルバイトから派遣社員、正社員も大勢クビになった。これで、人件費はかなり減った。とはいえ、会社はピサの斜塔のように傾いたまま。


「安い金で労働してくれるすばらしい存在はいないものか……」


 頭を悩ませていると、とある噂を聞いた。それは河童の噂だった。河童のことはもちろん社長も知っている。有名な妖怪だ。しかし、それはあくまでも伝承などに登場する妖怪であり、実在するわけではないと思っていた。


「それがですね、実在するんですよ」


 河童ブローカーは言った。

 社長は河童に会いに行った。河童はとある山の奥深くに流れる川近辺に住んでいた。そこまで行くのは大変だった。半ば未開の地だ。だからこそ、今まで河童の存在が世に知れ渡ってなかったのだ。

 河童は伝承通りの見た目だった。人間から見ると、それは怪物のようだった。小綺麗なルックスではない。社長は笑みを引きつらせながら、河童の族長と話した。


「河童の皆さんには、ぜひとも我が社で働いていただきたいのです」

「ふむ。ですが、我らは秘匿された存在。街に出るつもりはありませぬぞ」

「この山の一部を切り開いて、大きな工場を建てましょう。そこで皆さんに働いてもらいたい」

「わかった。それで、見返りは?」


 人間ならば、金を与える。だが、彼らは河童だ。人間社会とは基本的に交わらない存在で、だから、日本人が用いる金銭など必要としない。それは、彼らにとってただの紙切れでしかないのだ。


「きゅうり、などはいかがでしょう」

「きゅうり!」


 河童族長は歓喜の声を上げた。

 河童がきゅうりを好むことは知っている。だが、彼らがきゅうりを食べる機会はとても少なそうだ。山にはきゅうりはないし、育てるのもここの環境的に難しい。一本、40円だか50円だかのきゅうり。それを対価に河童を雇えるのなら、素晴らしい。人間一人を雇う金で、河童が100人くらいは雇えるのだ。


「毎日、きゅうり一本でいかがですか?」

「よろしい」


 すぐに工場が建築された。工場建築の単純作業には河童も駆り出された。彼らは仕事を終えると、配給されたきゅうりをうまそうにぽりぽりと齧る。その光景を見ていると、工場建築のために雇われた人々もきゅうりを食べたくなってくる。家に帰ってきゅうりを味噌やマヨネーズでぽりぽりと食べた。

 工場が完成し、河童たちが働き始めた。河童の頭脳は人間と同等で、よって作業効率はほとんど変わらない。人件費を極限まで抑えることができたので、A社は赤字から脱出、黒字へと戻った。とりあえず、社長は一安心。


「人件費は抑えられたし、会社の業績も上々。役員報酬、上げちゃおっかなー」


 しかし、事件はすぐに起きた。

 河童は人間並みの頭脳を持っている。学習能力が高い。彼らは人間社会の常識を知らなかったが、様々な手段によって学んでいった。その結果、自分たちはA社に搾取されていることに気づいた。気づいてしまった。

 人間一人だと年収250万とか。河童一人だときゅうり一本=50円×365日=18250円。人間と同等の給料だったら、きゅうりが一日100本以上食べられる。これは搾取以外のなにものでもない!

 激怒した河童たちは、ストライキを起こした。給料をもっと上げろ――つまり、きゅうりをもっと寄こせ、と。


「わかった。一日にきゅうり5本はどうだ?」

「ふざけるな。100本は寄こせ!」


 給料を人間並みに引き上げたら、河童を雇った意味がなくなる。人件費の向上は、A社の業績に大きくかかわる。死活問題だ。また赤字になったら、株主から胃に穴があくほど責められる。もしかしたら、諸々の責任を取らされて、社長の座を追われるかもしれない。それだけは避けたかった。

 A社は必死に交渉を重ねたが、河童は妥協を許さない。我々の要求をのまなければ、会社を辞めるぞ、と。

 やがて、どこかからかA社が河童を激安で雇って働かせている、という情報が流出した。河童が住む山に、多くの報道陣が押し寄せてきた。河童たちは人間と深く関わることを拒み、どこかへ去っていった。

 A社の評判と業績は急降下し、会社は倒産した。役員の何人かはインサイダー取引その他諸々、法を犯していたので捕まった。

 そして社長の行方は――知れない。社長を目撃したという元社員は、「河童たちにこき使われていた」と証言している。それが本当か嘘かは、わからない。



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