元大魔王は「ありがとう」と言いたい
部下達に裏切られ、大魔王の『証』を剥奪されたモノがいた。
大魔王としての力を失い、魔界から追放され、泣く泣く人間界に飛び込んだモノの足元に、一つのおにぎりが転がってきた。
お腹が空いていたモノは、何も考えずにそのおにぎりを食べた。
それは、塩おにぎりだった。
そのおにぎりは美味しかった。
次の日になって、またモノの足元におにぎりが転がってきた。
前日のおにぎりの他に何も食べていないモノは、また何も考えずにおにぎりを食べた。
次は、中身が梅干しだった。
前日同様、美味しかった。
次の日も、そのまた次の日も、おにぎりは転がってきた。
毎日具材が違い、とても美味しいおにぎりは、傷付いたモノの心を癒やすには十分だった。
ふとある日、モノはこのおにぎりが何処から転がって来るのか気になった。
ただ下を向いているだけでも、おにぎりは毎日足元に転がって来る。
しかし、ある日、モノは前を向いた。
おにぎりが何処から転がって来るのかを知るために。
前を向いたのは、大魔王の『証』を剥奪されたとき以来だった。
転がって来るおにぎりを見た瞬間、モノは走り出す。
それを何日も繰り返すうちに、モノはたどり着いた。
魔界の最大の敵である、人間界の神殿に。
しかし、モノは臆さなかった。
美味しいおにぎりを作れる人が、悪い人である筈がないという確信があったからだ。
神殿の中に足を踏み入れる。
神殿内は神聖な空気に満ちていた。
モノは思った。
浄化されるかもしれない。
浄化とは、すなわち消えるということ。
存在が無くなる。
それでも、モノは足を進める。
気を失いそうになる中、モノは懸命に足を動かす。
前へ進むために。
神殿内を進むにつれて、更に神聖な空気が濃くなってくる。
ありがとう
この一言が言いたかった。
美味しいという感情を与えてくれて、ありがとう
傷付いた心を癒やしてくれて、ありがとう。
もしかしたら、意図した訳では無いのかもしれない。
たまたま、おにぎりを落としてしまったのかもしれない。
偶然、それが自分の足元に転がってきたのかもしれない。
それでも、君は僕の心を癒やしてくれて。
ただ、それだけのことが、本当に嬉しかった。
魔界には無かった感情。
美味しい、嬉しい……顔は見たことがないけれど、君は色々なことを教えてくれた。
段々と目の前がしろくなってくる……
ああ……きみがこちらをみた……
「あり…が…と……」
そして、さようなら……
駄文で申し訳ない……
三人称視点から一人称視点に自然に替えるのが難しかったです。
現在連載中のハイファンタジー『チートを封じられたから、俺は努力の天才を目指します 〜【努力】すれば、絶対に成長できるんです!〜』
も、宜しくお願いします。