秘密
いちゃいちゃが遠い……^^;
自分の部屋に入った瞬間、わたしは後ろにいるメアリを振り返った。
「メアリ」
ぎゅっと抱きつく。
メアリは驚いて、固まった。
わたしの行動に困惑している。
構わず、わたしは言葉を続けた。
「早く、紐を解いて!!」
訴える。
締め付けられて、もう限界だ。
息苦しい気さえする。
「解くので、離れてください」
メアリは尤もなことを言った。
わたしは大人しく彼女を離す。
背中の紐を緩めてもらった。
「はあぁぁぁぁ」
わたしは大きく息を吸う。
呼吸が楽になった。
「生き返った~」
どかっと行儀悪く、椅子に座る。
大きく伸びをした。
背中を反らす。
そんなわたしにメアリは苦笑した。
「紐、結び直します。背中をこちらに向けてください」
そう言う。
「……」
わたしは少し考えこんだ。
「もっと楽な格好に着替えるつもりだったのだけれど、駄目かしら?」
メアリに尋ねる。
「せっかくのドレスですから、脱がせる役目は私ではなく旦那様がよろしいかと思います」
冷静な声で冷静に言われた。
わたしはちょっと赤くなる。
そういう意味だとわかっているからなんだか恥ずかしい。
だが、メアリの意見も尤もだ。
「そうね」
頷き、立ち上がる。
メアリに背中を向けた。
メアリは締め付けない程度の緩さで、紐を結びなおしてくれる。
このドレスはわたしにサイズを合わせてあった。
普通に着れば苦しくなることなんてない。
ぎゅうぎゅうに紐を締め上げたのは、少しでもわたしを美しく見せたいという大公家のメイドたちの見栄だ。
「普通に着ても十分お綺麗ですよ」
メアリはそう言ってくれる。
「ありがとう」
わたしは礼を言った。
「何が腹立たしいって、あんなに辛い思いをして着ても、普通に着るのとたいしてシルエットが変わらないってことよね」
鏡に映る自分の姿をまじまじと見る。
部屋の壁には大きな姿見の鏡があった。
そこに全身が映っている。
身だしなみをチェックしろといわんばかりに埋め込んであった。
メアリは何も言わず、苦笑する。
その顔も鏡に映っていた。
綺麗な顔立ちをしている。
控え目に言っても、美少女だ。
少し、シエルに似ている気もする。
わたしはさっき腰掛けた椅子にもう一度、座った。
メアリはそんな私の行動に不思議そうな顔をする。
直ぐにラインハルトのところに戻ると思ったようだ。
ラインハルトに待たれているのは、わたしもわかっている。
だがその前に、わたしにはどうしても確かめておかなければいけないことがあった。
わたしは真っ直ぐ、メアリを見る。
「さて。楽になったところでメアリに話があるの」
にっこりと笑った。
「なんでしょう?」
メアリもにっこりと笑う。
美少女の分、メアリの勝ちだ。
無駄な敗北感をわたしは味わう。
「女装は趣味なの? それとも、お仕事なのかしら?」
首を傾げて、尋ねた。
「……」
メアリは黙り込む。
動揺はしないが表情が消えた。
「やはり、さっきのあれは確認ですか?」
渋い顔をする。
わたしはふっと笑った。
「やっぱり、不自然すぎた?」
自分でも無理があるなとは感じていた。
だが、確信がなかったので触って確かめるしかない。
彼女が実は男の娘なのではないかと気づいたのは、何回目かにその姿を見た時だ。
最初は小さな違和感を覚える。
気にしてみていると、疑惑は確信に変わった。
彼女は綺麗な子だ。
わたしよりよほど美人だろう。
そしてたぶん、わたしよりずっと女性的な仕草や行動を意識している。
わたしみたいに、男の娘という概念がなければ誰も彼女が男だとは気づかないだろう。
男性が女性のふりをする理由が、この世界にはない。
「私が男だとわかっていて、どうして専属に指名したんですか?」
メアリは尋ねる。
男だとばれても、口調は女性のままだ。
メアリを演じ続ける。
「理由は二つかな。一つは、ラインハルトがメアリを男性だと気づいているか確かめたかったの。さすがに新妻が専属に男の娘を選んだら、止めるでしょう? でも、あっさり認めたのでわからなくなったわ。男だと気づいていないのか、それとも気づいていても大丈夫だという確信があるのか。どっちかしら?」
尋ねると、『さあ?』とメアリも首を傾げた。
メアリにもわからないらしい。
(とりあえず、ラインハルトとメアリが裏で繋がっているという可能性は消えたわね)
わたしは納得した。
「二つ目は、敵ではないと思ったからよ」
メアリの目を見つめる。
「メアリの本当の主は国王様でしょう?」
問いかけた。
メアリは否定も肯定もしない。
「何故、そう思うのですか?」
理由を尋ねた。
「国王のために情報収集している人がいるとすれば、使用人として王宮に入り込んでいると思ったの。だったら、ラインハルト様の周りで一番その可能性が高いのは貴方でしょう。国王様なら、情報収集と共に王子の警護を依頼しそうだから、女性ではなく男性の貴方をつけたのではないかしら?」
わたしの話にメアリは微笑む。
否定も肯定もしないのは相変わらずだが、黙って話を聞いていた。
わたしはさらに続ける。
「国王の命で動いているなら、わたしの敵ではないでしょう。敵か味方かわからない中に敵ではない人がいたら、その人を侍女に選ぶわ。わたしだって、自分の命は惜しいもの」
自分の安全を考えた結果、わたしはメアリを選んだ。
だが実は一つ、わたしにはまだ疑っていることがある。
それはこの離宮の使用人は全て、国王の息がかかった人間ではないかということだ。
わたしには全員、お庭番に見える。
今まで、ラインハルトは王宮の一室に住んでいた。
世話は王宮に所属するメイドたちが行う。
王宮のメイドは数が多いだろう。
全員を王の手のものにはできなかったはずだ。
王子を影ながら警護するのは苦労したに違いない。
だが離宮を持ったことにより、使用人は固定された。
わたしが国王なら、全員を自分の息のかかった人間で固める。
その方が安心だ。
6人という人数もある意味、ちょうどいい。
その質問をメアリにぶつけた。
メアリは微笑む。
男だとわかっていても、やはり美少女だ。
「ご想像にお任せします」
ただ、そう言う。
当たっていると考えていいようだ。
「ちなみに、ラインハルト様やルイス様はこのことを知っているの?」
わたしはもう一つ、質問する。
「わかりません」
今度はメアリも答えてくれた。
「疑ってはいるかもしれません。ですが、敵ではないので放置している可能性もあります」
そこまで言ってから、ふっと笑う。
それは少し寂しそうに見えた。
「そもそもお二人にとって、メイドは顔のない存在です。私がお二人の側でお茶の給仕をよくしていたことさえ、気づいていないでしょう。メイドは気に止める存在ではないのです」
いちいちメイドの顔なんて見ないのだと、説明された。
使用人が多い王宮では、常に入れ代わるメイドの顔を覚えたりしないらしい。
「メイドの私を注意深く観察するのなんて、マリアンヌ様くらいですよ」
そう言われた。
「今まではそうでも、これからは入れ代わらないんだから覚えるわよ」
なんとなくフォローする。
自分の存在を気づいてもらえないのは、お庭番の職務としては正しいとしても、きっと寂しいだろう。
メアリはただ微笑んだ。
トントントン。
そこにノックの音が響く。
「マリアンヌ、大丈夫ですか?」
戻ってこないわたしを心配して、ラインハルトが様子を見に来たようだ。
「旦那様がお待ちです」
メアリはくすりと笑う。
少し待つことも出来ないようだと、からかわれている気がした。
わたしは恥ずかしくなる。
「大丈夫です。今、行きます」
ラインハルトに返事をした。
ドアに向かうと、さっとメアリが先に回りこむ。
ドアを開けてくれた。
「おや? 着替えなかったのですか?」
わたしを見て、ラインハルトは不思議そうな顔をする。
何も変わらないように見えるようだ。
「紐を緩めてもらったのです。着替えるのは、その……」
わたしは口ごもる。
メアリに言われた言葉をそのまま伝えるのは、照れくさかった。
「ドレスを最初に脱がせるのは旦那様の役目なので、私は遠慮させていただきました」
メアリが横から答える。
その涼しい顔をわたしはキッと睨んだ。
わざとなのがわかっているから、憎らしい。
「それはそうですね」
ラインハルトは露骨に嬉しそうな顔をした。
「メアリ、ありがとう」
メアリに礼を言う。
メアリだけではなく、わたしも驚いた。
メアリは自分のことなんて意識していないと言ったが、違う気がする。
(王族って、みんな食えない)
わたしは心の中で呟いた。
次はいちゃいちゃします。




