嫁入り
眠れないなんてことはないのです
王宮に入る朝、わたしはドキドキして一睡も出来なかった――なんてことは一切なく、自分でもびっくりするくらい熟睡してしまった。
(自分の図太さに自分でびっくりだわ)
すっきりと目覚めて、そう思う。
苦笑が浮かんだ。
(いやいや。連日の疲れで爆睡しただけで……)
そんな言い訳を自分にしたところで虚しい。
情緒というものが自分には少々欠けているのかもしれないと、素直に認めることにした。
(嫁ぐ朝というよりは、戦いに赴く朝って気分だしな~)
闘志は漲っている。
いろいろ学んだことをせっかくだから生かしたいと思った。
だがもちろん、命を狙われるなんてことがないなら、それが一番いい。
わたしの望みは平穏無事な生活だ。
だがその希望からはどんどん遠ざかっている気がする。
(権力が欲しいなんてこれっぽっちも思っていないのに……)
今の自分の状況はなんとも不本意だ。
わたしは正しく行使されているなら、誰が権力を持っていても構わないと思っている。
それで世の中が正常に回っているなら、自分たちの上に乗っかっている頭の顔なんて、国民は気にしないものだ。
だが、マルクスを国王にしたいあの辺の重臣たちは駄目だ。
国の予算をまるで自分のもののような言い方をする。
あれは失言などではなく、普段からそう思っているから出た言葉なのがわかった。
マルクスが国王になったら、国政に興味がない国王を傀儡にして自分が権力を握るつもりでいるのが透けて見えている。
そんな人たちに権力を握らせるわけにはいかなかった。
それに、マルクスを自分の傀儡に出来るなんて、その考えも愚かだとわたしは思っている。
マルクスを担ぎ上げようとしているのに、マルクスのことをわかっていなかった。
物静かで、自分を主張しないマルクスを彼らは気の弱い人間だと思っているらしい。
自分たちの言いなりになると勘違いしている。
だがマルクスはそんな人間ではない。
どちらかと言うと我が強かった。
自分の考えを曲げない頑固なところもあるように見える。
たいして長い付き合いでもないわたしでさえ、そのくらいはわかった。
だが、重臣たちは気づかない。
おそらく、マルクスは意図して気弱な人間を彼らの前では演じているのだろう。
(マルクス様の考えはわからないけれど、それがラインハルト様を思ってのことだというのは確かな気がするんだよね)
わたしが思っているよりずっと、兄弟は互いのことを思い合っているようだ。
そんなことをベッドの中でうだうだと考えている間に、侍女が呼びに来る。
着替えが用意された。
ベッドを出ると、侍女に数人がかりで着せられる。
ドレスは基本、窮屈だ。
あちこち縛り上げられる。
(ドレスがこんなにも窮屈なものだと知っていたら、女の子は憧れたりしないよね)
綺麗には努力や犠牲がつきものなのだと、貴族に生まれて知った。
今日のドレスはいつもにまして窮屈なのでしんどい。
いつもよりちゃんとしているのには理由があった。
王宮に入ったら真っ直ぐ王の間に向かい、王に結婚の挨拶をすることになっている。
(またポンポコに会うのか)
心の中でぼやいた。
会うたびにやらかされている気がするので、正直、気が重い。
ポンポコなんていう可愛らしい呼び方でもしなければ、嫌いになりそうだ。
だがたぶん、わたしはポンポコに嫌われてはいない。
むしろ気に入られているように感じた。
愛のムチなのかもしれないが、わたしはそんなムチは遠慮したい。
目立ちたくないのだから、そっとしておいて欲しかった。
着替えが終わって、わたしは食堂に案内される。
みんなと一緒に朝食を食べることになっていた。
だが、締められ過ぎて何も入りそうにない。
食べられないことを伝えると、みんなに心配な顔をされた。
「そんなに気を病まなくても大丈夫だ」
アルフレットが励ましてくれる。
(基本的にいい人なんだよね。アルフレットって)
マルクスが気に入っているのがわかる気がした。
わたしとマルクスは少し不本意だが、似ているところが確かにあるらしい。
「精神的に食べられないのではなく、物理的に無理なんです。あちこち締め上げられて、苦しい」
アルフレットに大丈夫だと笑ってみせた。
「そっちか」
アルフレットは笑う。
安心したようだ。
そんな何も食べられないわたしのために、セバスが野菜ジュースを持ってきてくれる。
林檎とにんじんを摩り下ろして、搾ってあった。
ミキサーなんてものはないので、ジュース一つ作るのも大変だ。
わたしが自分でリクエストしたのだが、朝からこんな面倒なことをしてくれたシェフに感謝したい。
(野菜ジュースなんて久しぶり)
しみじみと味わった。
飽食の時代に生きていたわたしにはこの世界の食糧事情は少し寂しい。
スナック菓子とか無性に食べたくなることがあった。
今、ポテトチップスを食べたら感激で涙を流す自信がある。
(ん? でもポテトチップスくらいなら、やろうと思えば作れるんじゃない?)
わたしはふと、そのことに気づいた。
米も手に入ることになったのだ。
ついでにポテトチップスを作るのもいいかなと考える。
(わたしがキッチンに入ることが許されるとは思えないけれどね)
心の中で苦笑した。
みんなと一緒に(?)食事を取り、わたしは用意された馬車に向かう。
馬車は何台も用意され、わたしの嫁入り道具が積まれていた。
家具などの大きなものはすでに王宮に運び込まれているらしい。
(結婚するんだな)
不意に、実感した。
「お祖父様、お世話になりました」
わたしは挨拶をする。
「……」
祖父は何も言わなかった。
ただ、わたしを見ている。
わたしはにこっと笑った。
「行って来ます」
そう声に出す。
ルイスと一緒に馬車に乗り込んだ。
お世話になりましたと挨拶するほどはまたお世話になっていないのです。




