実技
剣を持ったら実は強かったとかあるわけなく……
ルイスの教育は暗記することだけではなかった。
「さて、今日は実技の時間です」
その言葉に、わたしはきょとんとする。
「何の?」
首を傾げた。
「暗殺者から身を守る術を覚えていただきます」
その説明に、護身術かとわたしは納得する。
(胸倉をつかまれたら、自分の手をクロスして上に上げ、相手の手を掬い上げるようにして外すんだったかな?)
TVで見たシーンを思い出してみる。
わたしの護身術のイメージはそんな感じだ。
だが、剣を手渡される。
(ん?)
わたしは首を傾げた。
「護身術ですよね?」
ルイスに確認する。
「攻撃は最大の防御ですよ」
そんな言葉が返ってきた。
「ええっ?」
わたしは戸惑う。
「剣を持って戦ったことなんて、ないですよ」
困った。
「ないことくらいわかっています。普通、貴族の令嬢は剣で戦うことはありません」
ルイスは当たり前のことを言う。
(それはそうだ)
わたしは納得した。
剣を持って戦う貴族令嬢なんて、見たことない。
鍬を持ったことはあっても、剣は初めてだ。
「だったらどうして剣を渡すんです?」
ルイスに尋ねる。
「これから覚えてもらうためですよ。知らないなら、今から覚えればいいのです」
ルイスの言葉は正論過ぎて、反論の余地がなかった。
「そうですね」
わたしは頷く。
素直に教わることにした。
剣の持ち方から習う。
「こう握って、こう振ります」
言われた通りやって見たが、思ったより剣が重い。
振り回すと、反動でわたしの身体の方が振られた。
「うわ。うわわわっ」
よろける。
「……」
ルイスは冷めた目でわたしを見た。
「畑仕事で体力に自信があるとか言いませんでした?」
責められる。
「体力には自信がありますよ。でも、腕力はそんなにあるわけではありません。鍬を振り下ろして畑を耕しますが、それほど広くはないので腕力がつくほどではありません」
その他大勢のわたしにルイスは期待しすぎだ。
チートな能力なんて一つも持っていないことを忘れてもらっては困る。
剣を持ったら強かった――なんて、あるわけない。
わたしの説明にルイスはがっかりした。
「他と比べて優れているところがあるとすれば、体力だと思ったのですが……」
ぼやかれる。
「そんなこと言われても」
わたしは困った。
「わたしだって一応、貴族の令嬢なんです。野山を駆け回って遊ぶようなことはさすがにしていません」
首を横に振る。
何を期待されていたのだろうと、ちょっと可笑しくなってしまった。
「わたしにはこういう剣は向いていないと思います。もっと細い剣か護身用の小さなナイフでも与えてください。その方が使えると思います」
わたしの提案にルイスは渋い顔をする。
だが、使えない剣を与えても仕方がないと思ったようだ。
小さなナイフを用意してくれる。
それはしっくりと手に馴染んだ。
「こっちの方がいいと思います」
試しに振ってみる。
シュッといい音がした。
「首筋と太股の内側と……わき腹辺りでしたったけ? そこを切られると人間って死ぬんですよね」
ぼそっと呟く。
人間には三箇所、急所があるというのを見たことがある。
だが、三つ目が思い出せなかった。
「……」
ルイスは黙り込む。
「そんなことをしなくていいことを願っています。殺されるのも嫌ですが、殺すのも嫌です」
わたしは首を横に振った。
「だが、ナイフでは剣とは戦えまい」
ルイスは悩む。
中距離戦になったら、不利だ。
「じゃあ、こうパッと投げられる……、小麦粉でも持っておきますか」
わたしの言葉に、ルイスの眉はピクッと上がった。
「ふざけているのですか?」
怒られる。
「ふざけていません」
わたしは否定した。
大真面目だ。
「小麦粉で目潰しが出来ないかなって思ったのです。本当は粉塵爆弾を考えたのですが、それはわたし自身も巻き込まれて死んじゃうから駄目でした」
わたしのなんちゃって知識の中には粉塵爆発の知識がある。
粉が舞っている中で火をつけると、小麦粉が爆発するというやつだ。
だがこの世界にはライターなんてものはないから簡単に火はつけられない。
もっとも、ライターがあっても爆発にわたしも巻き込まれるのだから使えはしないのだが。
「目潰しとかなら可能だと思いません? 口とか鼻から入ったらけっこう苦しいと思うし。何より、小麦粉なら持っていても危なくないじゃないですか」
わたしらしいのではないかと思った。
「それに、持っていても武器だと思われないのはメリットじゃないですか?」
一生懸命、小麦粉をプレゼンする。
「本当に効果があるのか?」
ルイスは疑った。
だが、興味はあるらしい。
「……たぶん」
わたしは曖昧に頷いた。
試したことはないので、確証はない。
「もちろん、護身用のナイフも持ちますよ。ナイフと一緒に小麦粉も持ちますって話です」
わたしの言葉にルイスは考えこむ。
「試してみるか」
そう言った。
セバスを呼んで、小麦粉を用意してもらう。
わたしはそれを一掴み掴んで、ルイスに投げつけた。
本人を狙うのではなく、上の方に放つ。
小麦粉が舞い、ルイスは咳き込んだ。
セバスは慌てて水を取りに行く。
ルイスに差し出した。
「どうですか?」
水を飲み終えたルイスに尋ねる。
「思ったより効果はありそうだ。何もないよりはマシかもしれない」
こうして、小麦粉はわたしの武器の一つになった。
可愛い巾着の中身は小麦粉とか謎すぎてかわいいなと思います。




