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その他大勢のわたしの平穏無事な貴族生活  作者: みらい さつき
第三部 その他大勢のわたしの平穏無事ではない後宮生活  第一章 再び、王都へ
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父と娘

平穏無事ではないのです。





 幸い、道中は危険なことはなかった。

 尤もそれはこちらが十分に注意したからかもしれない。

 まず、馬車が速かった。

 乗り心地よりも速さ重視で、お妃様レースの時に比べて一日でずっと長い距離を進む。

 暗くなる前に宿に入り、朝は夜が明けるとすぐに出発した。

 相手は裏をかかれているのかもしれない。

 二日目、あと少しで王都に着くというところで日が暮れてきた。

 ランスはわたしに指示を仰ぐ。

 宿を取るか、突き進んで王都に入ってしまうか、問われた。

 わたしは王都に入ることを選ぶ。

 追手がいると仮定し、わたしたちがそれを振り払えているとしたら、その理由は速さに違いない。

 足を止めるのは得策ではないと思った。

 即答したわたしにランスは頷く。

 スピードを上げ、一気に王都を目指した。


 日が暮れて少し経った頃、無事に王都に入る。

 街道とは違い、王都の中は猛スピードで駆け抜けるなんてことは出来ない。

 スピードを落とし、ゆっくり進んだ。

 お妃様レースの時と比べれば賑わいは少ないが、それでも田舎町からすればお祭りのような人出だ。

 わたしは暢気に馬車の窓から街の様子を眺める。

 こんな目立つ場所ではさすがに襲われることはないだろうと思った。

 だが、わたしの向かいに座る父はずっと厳しい顔をしている。

 それは今だけではない。

 ルイスの手紙で命の危険があるかもしれないことを示唆されて以来、父の顔は厳しいままだ。

 そんな父にわたしはどんな言葉をかけていいかわからない。

 何を言っても父の気が晴れないことはわかっていた。


 馬車は真っ直ぐ大公家を目指した。


「お早いお着きですね」


 予定より一日早く着いたわたしの到着に出迎えてくれたセバスは驚く。

 ルイスはまだ帰宅していなかった。

 ランスは報告のため、従者の格好のまま城に向かうと言う。

 わたしは礼を言って、その姿を見送った。


 セバスはわたしと父のために夕食の用意をしてくれた。

 他の家族は食事をすでに終えたらしい。

 子供たちは自分の部屋に戻り、アルフレットが子供たちの相手をしているそうだ。

 良いお父さんを頑張っているようで、ほっとする。

 お祖父さまも自分の部屋に戻ったというので、挨拶は明日にさせてもらうことにした。

 強行突破の移動だったので、正直、疲れている。

 セバスはとりあえず、わたしたちのために客間を二部屋整えてくれた。

 食事を終えたわたしと父はそれぞれの部屋で休むことにする。

 部屋まで案内すると、セバスはそのまま立ち去った。

 たぶん、父に気を遣ったのだろう。

 父はずっと何か言いたげな顔をしていた。


「マリアンヌ」


 部屋に入ろうとしたところを呼び止められる。


(やっぱり、来ますよね。話すならこのタイミングですよね)


 わたしは心の中で呟いた。

 道中はずっとランスが一緒だ。

 わたしたちが二人きりになるタイミングなんてない。

 明日は祖父に挨拶し、そのまま養子縁組の手続きをすることになるだろう。

 今回、同行したのが父なのはその手続きのためだ。

 祖父と会うのはだいぶ気まずいだろうが、手続きには父の同席は必須だ。


「はい」


 わたしは返事をする。


「話がある。わたしの部屋に来なさい」


 優しい父の珍しい命令口調に、わたしは苦く笑った。

 何の話かは予想がついている。


「はい」


 わたしは頷いた。

 父の部屋に入る。

 そこは前回、シエルが使っていた客間だ。

 わたしは椅子を勧められて座る。

 父と向かい合った。


「私の話がなんなのか、想像はついているね?」


 問われた言葉に、わたしは静かに頷く。


「考え直すなら、今しかないって話ですよね?」


 聞き返した。


「そうだ。今ならまだ間に合う」


 父は微笑む。

 この段階でも、わたしが婚約破棄をしたら大騒動になるのは明らかだ。

 全然、間に合ってなどいない。

 養子縁組前なので大公家は難を逃れるだろうが、ランスロー家は大変なことになるだろう。

 それでも父は構わないと思っていた。

 私を守るためになら全てを捨てる覚悟をしているように見える。

 わたしはそれが嬉しかった。

 同時に、そんなことはさせられないとも思う。

 わたしのせいで父やシエルに迷惑をかけることだけはしたくない。


「父様、わたしね。ランスロー家に対して、何もしないと決めているの。わたしが王子の妃になっても、将来王妃になることがあっても、わたしがランスロー家に対して特権を与えることはない。わたしが何もしないことが、ランスロー家を守ることだと思っている」


 わたしの言葉に父は頷いた。

 父もたぶん、わたしに何かしてもらおうなんて思っていない。

 わたしが実家であるランスロー家を優遇したら、それはメリットよりデメリットの方が大きくなるだろう。

 人の妬みや嫉みは厄介だ。

 辺境地の男爵家に過ぎたものを持てば、必ず災いの種になる。

 それを利用してやろうと近づいてくる者もいるだろう。

 持たざるものより、持っている者の方が大変なのだ。

 そして何より、ランスロー家は今のままでいいとわたしは思っている。

 ランスロー家は特に裕福なわけではない。

 だが、困窮もしていなかった。

 今のままのランスロー家とランスロー領を守るには、わたしが何もしないことが一番だろう。

 ランスロー家と繋がっても、旨みは少ないと思われるくらいがちょうどいい。

 だが全く旨みがないと侮られるのも困る。

 表立っては何一つしないが、裏ではちゃんと繋がっているとアピールできるのが理想だ。

 その辺りの匙加減が難しい。


「何もいらないよ、マリアンヌ。だから、命の危険があるような場所に嫁ぐこともない」


 父の言葉に、わたしは静かに首を横に振った。


「それはもう決めたことなの」


 穏やかに微笑む。


「ルイスの手紙にあったとおりにわたしの命が狙われていたのかどうかは、五分五分くらいだとわたしは思っているの。たぶんルイスにも確信はなかったと思うわ。それでも、あえてわたしたちに狙われる可能性を示唆し、それに対する準備をして見せたのはわたしの覚悟を試したのだと思う。約束どおり、わたしが二週間で覚悟を決めたのかどうか確認したのではないかしら?」


 それはあるだろうねと父は頷いた。

 父もルイスの用意周到な性格は知っている。


「でも、ランスは必要以上に急いで王都に向かったわ。おそらくそれはルイスの指示ではないでしょう。ランス自身が何かしら不穏な気配を感じ取っていたのだと思うわ」


 わたしはランスのことをまだよく知らない。

 馬車で二日間一緒だったが、暢気に世間話をするような雰囲気ではなかった。

 常に周囲を警戒している姿を見て、職務に忠実な人なのだと思う。

 そしてルティシアが選んだ人だから、優しい人なのだろうとも思った。

 ランスのことはよく知らないが、ルティシアのことなら少しは知っている。

 ルティシアが選んだランスが仕事の出来ない人とは思えない。

 ランスの勘はたぶん、間違ってはいなかっただろう。


 わたしの言葉に、父はため息をついた。


「そこまで考えて、それでも王子の妃になるのか?」


 改めて問う。


「なるわ。そういう大変な王宮で、ラインハルトを一人で戦わせるわけにはいかないでしょう? わたしは特別なことが出来るわけではないけれど、それでも一人ではないというのは心強いものよ。自分を信じてくれる人が一人いれば、人間って強くなれるの」


 わたしはにっこりと笑った。


「……お妃様レースになんて、行かせるのではなかった」


 父は後悔を口にする。


「シエルの言い分が正しかった」


 反省していた。


「そんなに心配しないで。わたしは大丈夫。きっと幸せになるから」


 わたしは父に約束した。

 その自信には根拠なんて何もない。

 不安はあった。

 だが、ここでわたしがそれを見せるわけにはいかない。

 父を心配させないことが、今出来るたった一つの親孝行だとわたしは思った。






覚悟は出来たのかもしれません。

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