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ピクニック

そろそろ長く続いた閑話も終わりです。





 ラインハルトは名残惜しそうにルイスと共に帰って行った。

 前の日の夜は抱きしめたわたしをなかなか離してくれなかったが、見送りの時はあっさりしている。

 ハグしても直ぐに離れた。

 それが父の目を気にしているからだとわかるから、わたしは可笑しくなる。

 可愛いなと思った。

 笑いを堪えていたら、気づいたラインハルトに拗ねられた。

 早めに王都に戻ることを約束させられてしまう。

 拗ねたのはポーズだったのかもしれないと後で気づいた。

 だがそんなこともどうでもよく思える。

 ようやく、我が家にいつもの日常が戻ってきた。






 午後から、わたしはシエルと一緒にピクニックに出かけた。

 もっとも、移動は馬車だ。

 それをピクニックと称していいのかいつも悩む。

 森の近くに花が咲き乱れる野原があった。

 母がお気に入りだったその場所にわたしは小さい頃からシエルをよく連れて行っている。

 そこに二人で行きたいとシエルにリクエストされた。

 飲み物と軽食を持って二人で来る。

 迎えの時間を指示し、馬車は帰した。

 野原で二人きりになる。


「久しぶりに来たけど、変わらないわね」


 わたしは辺りを見回した。

 この世界では野原や畑にいつの間にかビルが建っていたなんてことはありえない。

 野原は野原のまま、畑は畑のままそこにあった。

 それでいいとわたしは思っている。

 変わることだけがいいことではない。

 変わらないことのすばらしさだってある。

 この世界はわたしの前世から考えればとても不便だ。

 電気がないから夜は暗い。

 電話がないから連絡は簡単には取れない。

 車や電車がないから移動も大変だ。

 でもその代わり、人間が環境破壊することもない。

 気候は安定していて、台風が多発したり、大雨で洪水が起こったり、猛暑が続くこともなかった。

 この国では贅沢しなければ、生活に困ることは少ない。

 わたしにはこの国の人の方があんなに物で溢れていた前世の人たちより幸せそうに見えた。


「変わりようがないでしょ、この辺は」


 シエルは笑う。


「それがいいのよ。変化が人を幸せにするとは限らないもの」


 わたしは適当なところに布を広げた。

 座るスペースを作る。

 この世界にはレジャーシートなんて便利なものはない。

 少し厚手の敷き布だ。

 その上に靴を脱いで座る。

 布は寝転がることが出来るくらい広かった。

 もちろん、それには理由がある。

 母が野原で寝転んで空を見上げるのが好きだったからだ。

 解放的な気分になれるとよく言っていた。

 今はわたしにもその気持ちがわかる。

 確かに解放的な気分になれそうだ。

 ごろんと寝転がってみる。


「姉さん。スカートが捲れているよ」


 シエルが苦笑いしながら、直してくれた。

 自分もわたしの隣に寝転がる。

 横を向くと、直ぐ近くにシエルの顔があった。


「ふふっ」


 思わず、笑う。

 シエルもこちらを見た。


「なんか照れるね」


 顔を赤くする。


「可愛いやつ」


 横を向いて、シエルの頭に手を伸ばした。

 両手でシエルの髪をわちゃわちゃかき混ぜる。

 シエルは嫌がった。

 逃げようとするから、捕まえる。

 抱きしめた。

 シエルがわたしの胸に顔を埋める格好になる。


「姉さん」


 シエルの苦笑いが聞こえた。

 不味いと思ったらしい。

 わたしの腕の中から出ようとした。

 だが、わたしは逃がさない。

 むしろぎゅっと抱きしめた。

 胸にシエルの顔を押し付ける。


「こんなことが出来るのも最後かもしれないから、もうしばらく姉さんの腕の中にいなさい」


 そう言うと、シエルは大人しくなった。

 おずおずとわたしの背に手を回してくる。

 わたしはよしよしとシエルの髪を撫でた。


「ずっと側にいるつもりだったのに、いられなくなっちゃった」


 独り言のように呟く。


「こうなる予感はしていたよ」


 シエルも呟いた。


「本当に?」


 わたしは驚く。

 シエルは埋めていた顔を上げた。


「本当に王子様と結婚するとはさすがに思わなかったけど。どこかで誰かに見初められるとは思っていた。だから、ここから出したくなかった」


 ため息をつく。

 寂しそうな顔をした。

 わたしも寂しくなる。


「養女に行っても、結婚しても、わたしはシエルの姉さんよ」


 囁いた。

 それは誰より、わたし自身に言い聞かせる言葉だ。


「わかっているよ。でも、もう一番大切なのは僕ではなくなるんでしょう?」


 シエルは泣きそうな顔をする。

 わたしは少し困った。


「例えば、将来子供が生まれて。シエルとその子が同時に川で溺れることがあって、わたしが一人しか救えなかったら。わたしはたぶん、子供を助けると思うの。でもその後、シエルのところに向かうわ。助けられなくて、一緒に溺れることになるとしても。シエルを一人で逝かせるなんてしない」


 約束する。


「凄いね。一緒に死んでくれるの?」


 シエルは苦く笑った。


「そうよ。シエルを助けに行かなかったら、一生、後悔するもの。助けられなくたって、最後の瞬間まで努力をするし、諦めないわ」


 姉さんらしいねとシエルは頷く。

 その頬をわたしは優しく撫でた。


「ちなみに溺れているのがラインハルト様と子供だったら、子供を助けた後にラインハルト様を助けには行けないので、自力で頑張ってもらうわ。両親が二人とも亡くなったら、残された子供が可哀想でしょう? そこはラインハルト様に自力で頑張ってもらうつもり」


 わたしがそう続けると、シエルは小さく頭を横に振る。


「そんなことを言いながら、姉さんは助けに行くと思うけどね」


 困った顔をした。

 自分でもそれは否定できない。


「姉さん」


 シエルはわたしを呼んだ。


「もう少しこのまま、一緒に昼寝をしない?」


 誘われる。


「いいわよ。天気もいいし、このまま一眠りしましょう」


 そう言って、シエルの頭を撫でた。

 シエルは黙って、わたしの胸に顔を埋める。

 わたしはシエルの身体を優しく抱きしめた。




次から三部にするかもう一つ閑話を続けるか迷っています。

そろそろ三部が始まります。

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