閑話: 国王の決意。
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国王には国王の苦悩があるのです。
その一言はまさに青天の霹靂だった。
「は?」
思わず、無礼にも聞き返してしまう。そのくらい国王の一言は衝撃的だった。
「退位後はランスローで暮らすつもりだ」
国王はもう一度、同じ台詞をわたしに言う。飲んでいたお茶をわたしは吹き出しそうになった。
もうすぐ、国王は譲位する。それは夫であるラインハルトの即位を意味し、王妃になるわたしはなにかと忙しかった。その最中、国王に呼ばれてお茶を飲みに行く。正直、断わりたかったが話があると言われたら断れなかった。そしてお茶会の最中、唐突に告げられる。
驚くのは当然だろう。だが、目の前の国王は涼しい顔をしていた。
(何を考えているの? このポンポコタヌキめっ)
わたしは心の中で毒づく。
それをそのまま口に出してしまわないよう、一つ大きく息を吐いた。
「どうしてランスローなのですか?」
とりあえず理由を聞く。
「私も田舎でのんびりと暮らしたいのだよ」
国王は答えた。
「そうですか。陛下の老後の生活設計に口を挟むつもりはさらさらありませんが、田舎なら他にもたくさんあります。ランスロー以外の場所で、出来るなら王都周辺で適当な場所を探したらいかがですか?」
にっこり笑って、わたしは提案する。遠回しに拒否した。
ランスローにはすでにマルクスが定住している。これ以上、王族案件を抱え込むつもりはない。
迷惑ですとわかりやすく顔に書いておいた。
そんなわたしの声に出さない気持ちが国王に伝わらないわけがない。相手は百戦錬磨のタヌキだ。しかし、国王にわたしの気持ちを汲むつもりはないらしい。
「王都の近くはダメだ。何かあれば呼び出されたり、貴族が押しかけてくるだろう。わたしは誰にも邪魔されず、のんびりと老後を送りたいんだ。だからランスローくらい王都から離れた場所がちょうどいい」
こちらの意図をわかった上でそう返事が返ってきた。気持ちが理解できる分、なんとも反論しにくい。しかし、受け入れるわけにはいかなかった。父やシエルにこれ以上、負担をかけたくない。
「ではランスロー近辺の他の領にしてはどうです? 伯爵家あたりにお世話になって下さい」
ギルバートに押しつけようとわたしは考えた。
(ごめん、ギルバート)
心の中で謝っておく。
「それもダメだ。わたしはマルクスと暮らすつもりだ」
国王はさらに驚くことを口にした。
「えっ……」
わたしは思わず、言葉に詰まる。問うていいのかどうか、逡巡した。嫁とはいえ、わたしは他人だ。親子の事情に口を出す権利は基本的にないと思っている。それも自分の夫ではなく、義理の兄との話だ。だが聞き流すことも出来ない。
「どういうことですか?」
意図を尋ねた。
「わたしも子の親なのだよ」
国王は小さなため息を吐く。
「ラインハルトが一番可愛いのは事実だ。だがフェンディやマルクスが可愛くなかったわけではない。わたしは立場上、子供を平等に可愛がるわけにはいかなかった。そんなことをすれば、無駄な事を夢見る輩が出てくるだろう。ラインハルトと兄たちにはわかりやすく愛情に差をつけなければならなかったのだ。ラインハルトが私の寵愛を受けていて、次期国王は彼だと誰もが思うように」
国王の言葉は苦渋に満ちていた。ラインハルトだけをわかりやすく可愛がっているとは思っていたが、そこにはそういう意図があったらしい。
(確かに、平等に可愛がられていたら全員がチャンスがあると思ってしまうだろうな。本人はともかく、その周りの貴族が)
厄介な派閥のことが頭をかすめる。彼らには王子本人の意思なんて関係ない。自分が甘い蜜を吸えればいいのだから。
「退位してからくらいは父として息子との時間を持ちたい」
切実な顔で訴えられた。
情に流されそうになるが、ここで負けてはいけないと思う。
「それなら、マルクス様の所ではなく、フェンディ様のところでもよろしいのでは?」
ランスローでなければいいので、ミカエルに押しつけようとする。
「愛人と楽しく暮らしている息子の邪魔をしないくらいの良心は持ち合わせているつもりだ」
国王はいやいやと首を横に振った。
(邪魔しているという自覚はあるんだな)
わたしは心の中でくすりと笑う。
「でも、マルクス様も突然そんなことを言われたら戸惑うのでは? 了承は取られたんですか?」
とりあえず確認した。もっとも、頼まれたら断れないかもしけないとは思う。
「突然のことではない。前々から、マルクスとは話し合っていた」
国王はさらに意外なことを口にした。
「もちろん、ランスロー男爵とも」
ふっと鼻で笑いながらわたしを見る。
「父ともですか?」
わたしは普通に驚いた。もちろん、そんな話は聞いていない。
「ああ。だから今日、マリアンヌに伝えたのはただのお知らせだ」
国王は勝ち誇ったように胸を張った。
「父は本当に了承したのですか?」
少なからず、わたしは疑う。
「ああ。三回ほど断わられたがな」
国王は頷いた。
三回も断わるくらいだから、よほど嫌だったのだろう。だがさすがに四回目は無理だったようだ。
わたしは父に同情する。さぞかし胃が痛い思いをしているだろうと思った。
「他に住みやすい土地はいくらでもありますのに」
わたしはやれやれとため息をもらす。
国王は何も言わず、ただ笑っていた。それは絵に描いたような好々爺然としている。
「では一つだけ、お願いがあります」
国王の決意は変わりそうにないので、わたしは条件を一つ出すことにした。
「なんだ?」
国王は問う。
「ランスローに引っ越すのは、退位してから3ヶ月以上後にしてください」
退位後、直ぐに引っ越さないように頼んだ。本当は半年は置いて欲しいが、国王の性格を考えるとそれは無理だろう。こう見えて実はせっかちだ。たぶん国王は退位後直ぐに引っ越すつもりでいるだろう。しかしそんなことをされたら、ランスローが大騒ぎになる。せめて、少しほとぼりが冷めてからにして欲しかった。
「三ヶ月か……」
国王は少し考える顔をする。
「まあ、いいだろう」
頷いた。
息子と畑仕事しながら暮らすのが国王の夢です。←趣味、ガーデニング




