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ホームパーティ1

順番は大丈夫なようにしたのでこのままで。





 マルクスとアルフレットたちが一足先に帰ったので、残った客人はラインハルトとルイスの二人になった。

 ルイスはもちろん、空いた客間に移る。

 四人も一気に減ると、屋敷が寂しくなった気がした。

 明日はラインハルトたちも帰る予定になっている。

 わたしたちが家族水入らずの時間を過ごせるようにという心遣いだ。


(その心遣いはどちらかといえば先に欲しかったな)


 そう思ったことは、内緒にしておく。

 とにもかくにも、いつも通りの日常がわたしには戻りつつあった。

 わたしはいつものように誰よりも早く起き出して、畑に野菜を取りにいく。

 朝食に必要な分を収穫すると、家に戻った。


「マリアンヌ、おはよう」


 どちらかと言えば夜型で、朝はたいてい一番遅く起きてくる父が珍しく早く起きている。

 眠そうな顔で声をかけられた。


「おはよう、父様。今朝は早いのね」


 笑いかけると、父はなんとも微妙な顔をする。


「実は、マリアンヌに話があって早く起きたんだ」


 父の言葉にわたしは戸惑った。


「何かあったの?」


 心配する。


「これを」


 父は黙って、手紙の束を差し出した。

 パッと見、4~5通ある。

 わたしは訝しく思いながら、受け取った。

 手紙はいずれも封が切ってある。

 宛名はランスロー男爵家になっていた。

 父が自分宛の手紙を開封したということだろう。


「わたしが見ていいの?」


 一応、読む前に確認した。

 自分宛てではない手紙を読むのがマナー違反であることはこちらの世界でも変わりない。


「私宛ではなく、マリアンヌ宛だったよ」


 父の言葉に、わたしは嫌な予感を覚えた。






 わたしは真っ直ぐ客間の一つに向かった。

 トントントン。

 軽くノックをするが、返事はない。

 まだ眠っているのだろう。

 わたしは構わず、ドアを開けた。

 部屋に入る。

 真っ直ぐ窓に向かい、カーテンを開けて朝の光を部屋の中に入れた。

 薄暗かった部屋の中は一気に明るくなる。

 それからベッドに近づいた。

 ラインハルトはすやすやと眠っている。

 わたしの侵入には気づいていないようだ。


(大丈夫かな? 危機管理能力)


 ちょっと心配になる。

 可愛い寝顔に、ほわわんとしそうになった。

 だがわたしはそんなほんわか気分を振り払う。

 とても怒っていた。


「ラインハルト様。起きてください、ラインハルト様」


 ラインハルトに呼びかける。

 優しくその身体を揺すった。

 ラインハルトはまだ眠そうな顔で目を開ける。

 目の前にいるわたしを不思議そうに見た。


「夜這いなら大歓迎です」


 それはそれは綺麗な笑みを浮かべる。


(そんな笑顔で誤魔化されません)


 わたしは心の中で毒づいた。


「残念。もう、朝です」


 わたしは言い返す。


「では、おはようのキスをしてください」


 ラインハルトは甘えた。

 ルイスは別の部屋に移ったので、こんなことを言っても咎める人はいない。

 それをいいことに調子に乗った。

 わたしは一瞬、冷たくあしらおうとしたが止める。


「いいですよ」


 代わりにそう言って、ラインハルトの希望通りにおはようのキスをした。

 ちゅっと触れるだけのキスを唇に落す。

 強請りながらも、冗談のつもりだったラインハルトはとても驚いていた。

 その顔を見ると、少し溜飲が下がる。

 だがわたしの怒りはそんなものでは治まらなかった。


「マリアンヌ、何があったのですか?」


 さすがに異常事態であることは察したらしい。

 身を起こし、真面目な顔でわたしを見た。


「こちらを」


 わたしは父から受け取った手紙を差し出す。


「中をご覧になってくださっても構いません」


 にこやかに微笑んだ。

 ラインハルトは手紙を受け取り、差出人の名前を見る。

 眉がぴくりと動いた。

 心当たりがあるらしい。


「先日のパーティで何かなさいましたよね? 何をしたのか、正直におっしゃってください」


 わたしは詰め寄った。






 父から手渡された手紙の中身は招待状だった。

 内輪のささやかなホームパーティなのでぜひいらしてくださいと、多少の言い回しは違ってもどの手紙も似たようなことが書いてある。


(わたしを招待している時点で、ホームパーティではなくなっているんじゃない?)


 わたしは心の中で突っ込んだ。

 彼らとは親しくない。

 名前を見て顔を思い出せるのは、一人くらいだ。

 その彼とだって、子供の頃に両親に連れられて参加したパーティで何度か顔を合わせた程度だ。

 母が生きていた頃、両親はよくパーティに呼ばれていた。

 田舎には似つかわしくない母の美貌は人目を引いて、誰もが母と仲良くなりたがる。

 そんな人々のあしらいが母は抜群に上手かった。

 普段は子供みたいな人なのに、そういう場に出ると人が変わる。

 冷静で知的な女性に変貌した。

 そんな母がわたしには自慢で、同時にプレッシャーでもあった。

 人々は皆、娘のわたしに母のような美貌を期待する。

 だがわたしはこの通り、その他大勢程度の容姿だ。

 不細工とは自分でも思っていないが、決して美人ではない。

 可愛らしいという中途半端な誉め言葉しかかけようがないまあまあさだ。

 たいていの人はわたしを見て、失望する。

 もちろん、そんなことは口には出さない。

 可愛らしいお嬢さんですねと必ず誉めてくれたが、それが本当は誉め言葉ではないことは前世の続きを生きている大人なわたしにはわかっていた。

 パーティに参加するのがだんだん嫌になる。

 人に失望されるのは、気が重かった。

 シエルを育てることになり、年頃になる前にパーティを断る公然の理由ができたのは、もしかしたらラッキーだったのかもしれない。

 多感な思春期を心穏やかに過ごすことが出来た。

 そしてそのまま、わたしは社交界からフェードアウトする。

 もうわたしの存在など忘れ去られていると思っていた。

 実際、シエルが社交界デビューした後も、シエルに届く招待状にわたしの名前が載っていることはない。


 煩わしい貴族同士の付き合いからすっかり足を洗えた気分でいたのに、突然、招待状が届いた。

 しかも複数。

 タイミング的に、お妃様になることが決まったからという理由だけではないだろう。

 心当たりは一人しかいなかった。

 寝ている心当たりをわたしは強引に起こす。

 結婚前の娘が男性の部屋に突進するなんて外聞のいいものではないが、結婚が決まっている婚約者ならギリギリセーフだろう。


(ん? ギリギリアウトの方かな?)


 そうも思ったが、思い立ったわたしは止まらなかった。






 わたしはじっと、ラインハルトの説明を待った。

 ラインハルトの目は泳ぐ。

 迷っているようだ。


「ラインハルト様」


 わたしはもう一度、名前を呼ぶ。

 ラインハルトはため息をついた。


「マリアンヌを自慢しただけだ」


 ぼそりと呟く。


「自慢?」


 わたしは首を傾げた。

 ラインハルトはどんな風に語ったか、聞かせてくれる。


(いや、それ、どんだけ盛るのよ。もはやわたしの話とは思えない)


 わたしは困った。

 背中がむず痒い。


「どうしてそんな直ぐにばれる嘘をつくんです?」


 ラインハルトを責めた。


「嘘などついていない」


 ラインハルトは否定する。

 どうやら、本気でそう思っているようだ。


「わたしの妃はすばらしい。そう自慢することの何が駄目なのだ?」


 横に垂れたわたしの髪を一房掴んで、ラインハルトはチュッと口付ける。

 そういう仕草が様になって、腹が立った。


(ホストかっ!!)


 声に出して突っ込めないのが悔しい。

 ホストについての説明なんて出来るわけがなかった。


「駄目でしょう? わたしが困っているんだから」


 わたしは正論をぶつける。


「確かに」


 ラインハルトは反省した。

 手紙を一つ一つ、中を確かめる。


(招待状であることは話したのでもう手紙を見てもらう必要はないんだけど、わざわざ読むのか)


 読んでいいと言ったが、複雑な気持ちになる。

 だが今さら読むなとも言えず、わたしはラインハルトが手紙を読み終わるのを待った。


「この手紙だけ、他のとちょっと毛色が違うな。知り合いか?」


 問われて、ぎくっとする。

 それは唯一、顔が思い出せる相手の手紙だ。


「子供の頃、何度か会ったことがあります。最後に会ったのは12歳くらいだったと思うけど」


 わたしの言葉に、ラインハルトは「ふーん」と唸った。

 何か考え込んでいる。


「どうかしました?」


 わたしは尋ねた。


「いや」


 ラインハルトはゆっくり首を横に振る。


「それより、どうするんだ?」


 招待状の返事を尋ねられた。


「どうしましょうねぇ」


 わたしは困った顔をする。


「正直、全部断ってしまいたいのですが。今後のことを考えるとそれは不味いでしょうね。でも全部に行くほど暇ではないし、行くのと行かないのが出るのも後から面倒なことになりそうなので……」


 わたしはしばし考え込んだ。


「ラインハルト様」


 心持ち、甘えた声を出す。


「なんだ?」


 ラインハルトは笑った。

 わたしがおねだりしているのだと、気づいたのだろう。


「明日帰る予定でしたが、もう一日、滞在を延ばしてくれませんか?」


 わたしの言葉にラインハルトは驚いた。

 ラインハルトは別に王都に戻りたいわけではない。

 ルイスから、家族水入らずの時間を奪うのは、未来の夫として家族の信用をなくすことになるのではないかと苦言を呈せられたのでそれに従っただけだ。

 滞在を伸ばすのは、正直、何日でも構わない。


「延ばした一日で何をするのだ?」


 ラインハルトは聞いた。


「招待して下った方全てのお宅へ伺うのは難しいので、家でホームパーティを開き、招いてくださった方を招待します。急ですが、王子が明後日には王都に戻られる予定なので明日行いますってお知らせすれば、角は立たないでしょう? 急なお誘いなので、都合が悪ければ遠慮なくお断りくださいって書き添えておくので、来るのも来ないのも自由です。わたしは招待した時点で義理は果たしているので、彼らが来ても来なくてもどうでもいいです」


 わたしの言葉に、なるほどとラインハルトは頷く。


「それが一番、丸く治まる案かも知れぬな」


 賛成してくれた。


「では、そういうことで。わたしは父と相談してきますから、失礼しますね。もう少し寝ても時間は大丈夫ですが、このまま起きることをお勧めします」


 わたしはラインハルトに渡した手紙を回収する。

 部屋を出ようとした。

 でも手首を掴んで、引き止められる。

 ぐいっと引く寄せられ、唇を塞がれた。

 おはようのキスとしては濃厚すぎるキスをされる。


「おはよう」


 キスの後、改めてそう言われた。


「……おはようございます」


 自分の顔が赤いことがわかる。

 わたしはキッとラインハルトを睨んだ。








続きます。

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