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変わり者

マルクス視点です。





 マリアンヌは最初から変わっていた。

 初めて見たのはお妃様レースの初日だ。

 令嬢たちが抽選するのを見守る役として会場で座っていた時に見かける。

 女装したラインハルトがおどおどして列に入れない娘を演じている時、助けたのがマリアンヌだ。

 それだけであったなら、たいして気に止めなかっただろう。

 変わっていたのはそこからだ。

 困っているラインハルトに誰かしらが手を差し出すことくらいは想定していた。

 一人くらい、声をかける者がいるだろう。

 だが、大きな声を出して列の最後尾に手を上げさせたのにはびっくりした。

 曖昧だった列をはっきりさせ、最後尾をわかりやすくする。

 彼女はそこにラインハルトを連れて並び、今度は自分が最後だと手を挙げた。

 それを見た他の令嬢たちは自然と彼女に倣う。

 列に並ぶのを躊躇っていた令嬢たちも次々に並び始め、最後になった人間は常に手を挙げていた。

 何も命じず、誰にも協力を呼びかけず、彼女がその場を支配したようにわたしには見えた。

 そしてそれはおそらく、彼女の意図したことではない。

 本人にその場を支配下に置こうなどという気持ちは欠片もないようだ。

 彼女はただ自分が並びやすくなり、他の人もどこに並べばいいのかわかりやすくなればみんなが助かると思ったのだろう。

 自分が行ったことの真の意味を理解せず、本人はのほほんとしていた。


 次にマリアンヌを見たのはその翌日だ。

 女装したラインハルトが彼女を連れて宝箱を開けにやってくる。

 その宝箱がラインハルトの用意した当たりの箱であることは考えなくてもわかった。

 レースは必ずしも公平に行われるわけではない。

 だが、そもそも公平なんてものはこの世にあるのだろうか。

 何をもってして公平とするのかは個人の考え方次第だろう。

 誰にでもチャンスがあったことは事実だから、公平と言えば公平だ。

 ラインハルトがマリアンヌを連れてきたことにより、私や兄はラインハルトが選ぶのは彼女であることを察した。

 そしてその夜、私が手入れしている庭を使わせてもらったことの礼を言いに来たラインハルトから、マリアンヌが花壇を守ってくれたことを聞く。

 花たちに向かって、命拾いして良かったわねと話しかけていたと聞いて、笑いそうになった。

 自分と気が合うかもしれないと思う。


 私は女性という存在が全般的に苦手だ。

 出来ることなら、関わりたくない。

 最初に私に女性というのが厄介な生き物であるということを印象つけたのは母だ。

 実の母だが、とにかく私とは気が合わない。

 血が繋がっていれば仲良く出来るなんてのはただの幻想だ。

 親子であろうと、むしろ血が繋がっているからこそ、上手くやれないこともある。

 だが私も最初から諦めていたわけではない。

 出来ることなら、気が合わない母とも上手くやっていきたいとは思っていた。

 だから母が望むまま結婚する。

 だがそれが間違いだった。

 妻は母に似ている。

 私が一番嫌いな部分が。

 たぶん、彼女も悪い人ではないのだろう。

 気が強く、欲深いだけだ。

 だがそれを私が最も嫌うことには気づかない。

 女性というのはかくも厄介で面倒なものなのかと、二人との付き合いで女性全般を私は嫌いになってしまった。


 そんなわたしにとっては、マリアンヌも回避対象だ。

 義理の妹になれば、全く付き合わないというわけにはいかない。

 だが、最低限の付き合いだけで関わらないようにしようと思っていた。


 それなのに、向こうから話しかけてくる。

 しかも、相手が私とは気づいていなかった。

 庭師だと勘違いしたらしい。

 庭を誉めてくれた。

 私も悪い気はしない。

 私が王子であることに気づいてからも、マリアンヌの口から出るのは植物のことばかりだ。

 自分の故郷であるランスローの話もしてくれる。

 いかに緑豊かで恵まれた土地であるのか、熱く語ってくれた。

 王子であるわたしにそんな話を延々と語る女性は初めてだ。

 ラインハルトが嬉しそうに変わっていると何度も繰り返していた意味をやっと理解する。

 そしてこの女性が義妹になるのは悪くないと思った。

 父王と話が出来るよう、協力する。

 私と父しか知らない秘密を教えた。

 それだけで、父王は私が二人の結婚に賛成していることに気づくだろう。

 たぶん、マリアンヌを認めるに違いない。

 わたしの予想は的中し、翌日の夕方にはマリアンヌはラインハルトの正式な婚約者になった。


 そのマリアンヌがさっさと領地であるランスローに帰ったことを知ったのは、婚約が決まった翌日だ。

 王城がざわついていることに気づいて、何かあったのかと問う。

 マリアンヌが早々に帰ったことにも驚いたが、それ以上にラインハルトがそれを追いかけてランスローまで行くと聞いて笑ってしまった。

 ラインハルトは小さな頃から出来た弟だった。

 何でも手に入れていたが、その分、執着しない。

 追いかけたりするタイプではなかった。

 それなのに、マリアンヌは追いかける。

 面白いので、ついて行くことにした。

 マリアンヌが熱く語っていたランスローという土地にも興味がある。

 だが私のそんな行動を、ラインハルトは誤解したらしい。

 なんとも微妙な顔をした。

 それも面白かったので、わたしはあえてその誤解を解かない。

 嫉妬するラインハルトなんて、初めて見た。

 それは年相応で可愛らしい。

 弟にもこんな一面があったのだと、初めて知った。


 そうしてやってきたランスローは、マリアンヌの話以上に豊かな土地だった。

 気候が温暖で、食物が育ちやすい。

 マリアンヌの畑を見て、自分もここに畑と家が欲しいと思った。

 マリアンヌが紹介してくれたアークも気に入る。

 アークはマリアンヌたちの従者を勤めることもあるようで、貴族への対応を心得ていた。

 言葉遣いもちゃんとしている。

 その上優しく、知識も豊富だ。

 聞けば何でも丁寧に教えてくれる。

 誰かに頼ることが出来るのは、こんなに気が楽なことなのだと初めて知った。

 王城にいる限り、わたしは第二王子だ。

 王子としての威厳を求められるし、誰かにつけ入る隙を与えるわけにはいかない。

 頼ることも弱味を見せることも出来なかった。

 だがここでなら、甘えても許される。

 困ったら助けてもらえるし、頼っても咎める者は誰もいなかった。

 アークが手伝ってくれるなら、ここに家や土地を買って、暮らすことが出来る気がした。

 もっとも、わたしが王子である限りここにずっとは居られない。

 王城と行ったり来たりになることはわかっていたが、それでもここに住んでみたかった。

 アークの協力を取り付け、マリアンヌの手も借りて、私の夢は実現しようとしている。

 後は父王の許可を貰うだけであった。

 そのために、王都に戻ることを決める。

 帰る前にアークと今後のことを確認するため、午後にマリアンヌの畑で会うことになっていた。






 出かけようとする私をマリアンヌは呼び止めた。

 立ち止まると、近づいてくる。


「今から、アークと会うんですよね?」


 問われて、私は頷いた。


「あの……」


 マリアンヌは何かを言いかけて、迷う顔をする。

 らしくなく躊躇った。


「何かあるのか?」


 私は自分から尋ねる。


「実は、マルクス様にアークと話しあって欲しいことが一つあるのです」


 マリアンヌは覚悟を決めたように切り出した。

 何の話だと身構えていると、アークの将来についてだという。

 アークが結婚したくなった時、どうするのかを話し合っておいて欲しいと言われた。

 私はその可能性を自分が失念していたとこに気づく。


「ああ、そうか。アークは結婚する可能性があるのか」


 私はぼそっと呟いた。

 私は自分と息子の二人でここに来るつもりだ。

 アークは独身なので、家に女性を入れたくないわたしは家の管理を任せるのにちょうどいいと思う。

 一度目の結婚で懲りた私は今後、妻を娶るつもりはない。

 家に女性を入れるつもりはなかった。

 だがアークは今後、結婚する可能性は十分にある。

 そして私はその女性に私の家に入ることを許すつもりはなかった。


「アークに結婚を約束した女性はいるのか?」


 わたしはマリアンヌに聞く。


「それは、あの……」


 マリアンヌは何故か困った顔をした。


「今すぐはいないと思います」


 その気まずい言い方に、私は察した。

 だが、マリアンヌには何も言わない。


「そうか。ではそのことを確認しておこう」


 わたしは約束して家を出た。






 畑で待ち合わせしていたアークは私を見ると笑みを浮かべた。


「こんにちは、マルクス様。今日もいいお天気ですね」


 ちらりと空を見る。


「ああ、いい天気だ」


 私は頷いた。

 今日はどんな仕事をしてきたのか聞く。

 アークの話はいつも私をワクワクさせてくれた。

 楽しいと時間はあっという間に過ぎるようで、私は慌てて本題の話に入る。

 立ち話もなんだからと、マリアンヌの作業小屋の中に入って話をした。

 アークはわたしに椅子を勧め、自分は立っている。

 わたしは今後のことをアークと相談した。

 決まったことを確認し、その内容で父親に許可を貰ってくると約束する。


「ところで……」


 大体の話が終わったところで、私はアークの結婚について切り出した。


「間違っていたら、すまない。もしかして、アークはマリアンヌが好きだったのか?」


 尋ねる。

 アークは苦笑した。


「何か聞いたんですか?」


 答える代わりに、そう聞き返す。

 それが返事だと私は受け取った。


「いいや。将来、アークが結婚することになった時、私やアークが困るのではないかとマリアンヌが心配していただけだ」


 私の言葉にアークは笑う。

 マリアンヌらしいと思ったようだ。


「しばらく、結婚は無理そうです」


 詳しくは語らないが、なんとなくその気持ちは理解できる。


「あんな変わった女性は他にいないからな。似ている女性を探すのも難しいだろう」


 私の言葉にアークは小さく笑った。


「マルクス様は似ていると思いますよ」


 そんなことを言われる。

 私は驚いた。


「マリアンヌほど変わってはいないよ」


 否定する。

 アークはただ笑った。

 私の言葉に同意してはくれない。


「どこが似ているというんだ?」


 気になって、聞いた。


「性格がよく似ています。何でも興味を持つところとか、何でもやりたがるところとか」


 アークは指折り数えていく。

 私は否定できなかった。

 ランスローに来てから、はしゃいでいる自覚はある。


「常の私はこうではないんだ」


 思わず、否定した。


「悪いと言っていないですよ。そういうところに、弱いんです。何でもしてあげたくなってしまう」


 アークは苦く笑う。


「そういうマルクス様はマリアンヌ様のことをどう思っていらっしゃるんですか?」


 真面目に聞かれた。


「そうだな。義妹になるのが彼女で良かったと思っている」


 正直に答える。


「それだけですか?」


 アークは確認した。


「……」


 私はしばらく考え込む。


「ラインハルトのものでなければ、考えたかもしれない。だが、そんなもしもの話をしても仕方ないだろう? 私がラインハルトのものに手を出すことだけはありえない」


 その言葉にアークは納得した。


「弟君が大切なんですね。そういうところも似ていますよ」


 アークの言葉に私は衝撃を受ける。


「そうか。似ているのか」


 私は苦く笑った。




ラインハルトもブラコン疑惑。 笑

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