閑話:王家の事情(後編)
評価&ブクマ、ありがとうございます。
ルイスは苦労しています。
ラインハルトは19歳になった。
もともと美形だった顔立ちは少年を経て青年へと変化している。中性的美しさはまだ持っていた。女装しても、ぎりぎり女性として通用しそうに思える。
聡明で仕事も出来ると評判で、事実、2人の兄達に比べでずっと多い量の執務を任されていた。フェンディやマルクスも有能だが、ラインハルトの方が評判はいい。
ただし、結婚して嫡男を儲けた兄達と違い、ラインハルトはいまだに独身だ。
19歳で独身は、王族としては異例だ。
貴族の結婚は16歳前後が普通だが、王族の場合はそれが少し早まる傾向にある。
それは今の王国の礎を築いた賢王の意向で、嫡男がいないと皇太子にはなれないからだ。早く結婚して早く嫡男を……、と周囲が考えるのは普通のことだろう。
だから、フェンディもマルクスも14歳になると結婚した。マルクスの子は最初に生まれたのが男の子で直ぐに皇太子の資格を得る。だが最初に結婚したフェンディの方は女の子が続いてなかなか男の子に恵まれなかった。でも今はちゃんと嫡男がいる。
2人の兄が皇太子になる資格を得た時点で、ラインハルトは自分は結婚しなくてもいいと考えた。
国のために生きるのが王族の務めであることは十分に理解している。しかし、跡継ぎならすでに2人もいた。
そこに自分が参戦する意味が感じられない。
そもそも、ラインハルトは国王になりたいわけではなかった。
(国王にはなりたい人間がなればいい)
2人の兄のどちらでも、暴君や暗君にはならないだろう。国民は、トップに立っているのが誰であろうと、自分達の暮らしさえ良くなれば気にしない。
自分でなければいけない理由なんて何一つないと、ラインハルトは思っていた。
だからのらりくらりと結婚の話から逃げ続ける。
嫡男が生まれて、皇太子の資格が出来たらアウトだ。 父はどんな手を使っても、自分を皇太子に据えるだろう。
ラインハルトはそんな父の性格を理解していた。逃げるには、結婚しないのが一番いい。
ラインハルトは山のようにくる縁談を片っ端から断り、宛がわれる女性からも逃げ続けた。
その数は年々、増えている。
父王の焦りをラインハルトは感じていた。
だがまだ、子供さえ出来れば母親は誰でもいい――とまでは父王も思い切れて居ないのは幸いだろう。
相手が貴族の令嬢なら、逃げるのはそれほど難しくない。
これが夜の商売をしているプロだったら、さすがにそこまで簡単にはいかなかっただろう。
乗っかられてしまえば、ラインハルトの負けだ。
だが、ラインハルトはただ逃げればいいから楽だ。しかし、側近であるルイスはそうはいかない。
ラインハルトが成人して以降、ルイスは頻繁に国王に呼び出されるようになった。
ラインハルトの婚姻の状況を確認される。
主の縁談を取りまとめるのは側近の仕事だ。母親が顕在なら母親が口を出すが、ラインハルトにはその母がいない。ルイスが仕切るしかなかった。
ルイスはもちろん、自分の仕事をしている。
山のような縁談の中から、条件のいい令嬢を何人かピックアップした。ラインハルトにその中から選んでもらおうとする。
だがラインハルトは選ばなかった。
素知らぬ顔で見合いをセッティングしても、気づいた時点で逃げ出す。
本人にその気がないのに、見合いをさせるのは簡単なことではなかった。ルイスは十分に頑張っていたし、努力もしている。
結婚したくないという主の意向を、易々と受け入れてきたわけではないのだ。
国王もそれは知っていた。だがルイス以外に文句を言えるところもない。
ラインハルト本人にも苦言は呈していた。だが、なんだかんだいって愛息子に国王は甘い。きつく言って、嫌われたくなかった。
その言えない分は結局、ルイスに回る。
「もういい加減、文句も愚痴も聞きあきました」
ルイスは文句を言った。
唐突に口から飛び出した不満に、ラインハルトは目を丸くする。
「何の話だ?」
執務室で仕事をしながら、聞き返した。
結婚はしないが、ラインハルトは仕事はちゃんとしている。文句をつける隙を与えないのが、ラインハルトの処世術だ。
「今日もまた、国王に呼び出されて、ラインハルト様の結婚はどうなっているのかと聞かれましたよ」
ルイスは苛立つ。
連日、ルイスはラインハルトの結婚について呼び出されていた。
相手はピックアップしたのか、顔合わせはセッティングできたのか、事細かに確認される。
そんなの、一日で状況が変わるわけがない。そんなことは国王もわかっていた。
その上で呼びつけるのは、ルイスにプレッシャーをかけるためだ。
そしてルイスもそれを理解している。
ラインハルトには何を言っても無駄なので、国王は矛先をルイスに変えていた。
こちらは王と臣下なので、逃げられない。
ルイスはきりきりと胃が痛むのを感じた。
「もう私の方で対応するのは無理なので、次に呼び出されたらご自分で陛下と話をつけてください」
仕事を放棄することにする。やっていられるかという心境だ。
「そういうことに対応するのも……」
側近の仕事ではないのかと言いかけたラインハルトの言葉をルイスは遮る。
「結婚しないことへの苦情処理は側近の仕事ではありません」
きっぱり否定した。
「そもそも、私は結婚して欲しいと思っています」
そう告げる。
「勘違いされているかもしれませんが、私はラインハルト様には結婚して嫡男を作ってもらいたいと思っています。私だって側近ですから、自分の主には国王になってもらいたいと考えていますよ」
ため息をついた。
ルイスは今まで、ラインハルトに無理強いはしなかった。本人の意思を尊重したかったし、選択肢は少ないとしても、その中から自分の好きな相手を選んで欲しいと願う。
国王にもなって欲しいが、幸せにもなって欲しかった。
フェンディやマルクスが条件だけで選んだ相手と結婚し、失敗しているのを見ているので、自分の主には同じ思いをさせたくない。
だがもう悠長なことは言っていられないようだ。
国王は本気で焦っている。このままでは、強制的にラインハルトの結婚相手を決めてしまいそうだ。
「……」
ラインハルトは返す言葉がなく、黙っている。
「もう逃げるのは無理ですよ」
ルイスは静かに、事実を告げた。
そしてお妃様オーデションが持ち上がるわけです。




