閑話:伯爵令息の憂鬱(後編)
評価&ブクマ、ありがとうございます。
ハワード父はわりとやり手です。
ローズマリーとの関係はたぶん最初から上手くいってなかった。その原因は主に自分にあるとハワードは思っている。
大人になり、ローズマリーは美人に育った。泣き虫でおどおどしていた印象はとっくになく、見合いの話もたくさんあったという。だが彼女の父は伯爵家と縁を結ぶことを願い、ハワードに嫁がせることを望んだ。
ハワードの父はそれに応える。結婚相手として、ローズマリーの家は悪くなかった。それはハワードにもわかる。彼女の家は父親が商売上手で、子爵家の中では裕福な方だ。持参金も相当つけると約束する。
伯爵家は裕福だが、金はいくらあっても困らないというのがハワードの父の考え方だ。
ハワードは相手がマリアンヌでなければ誰でも同じだと思った。ローズマリーのことは好きではないが、嫌っているわけでもない。愛想をよくすることくらいは出来たし、家のために跡継ぎを作るのは自分の使命だとも思っていた。ローズマリーに優しく接し、子供が出来るまでは頑張ろうと決める。
結婚早々、ローズマリーは身篭った。
ハワードは役目が終わったと、内心、歓喜する。結婚して僅か2ヶ月。ハワードはすでに、ローズマリーとの結婚に同意したことを後悔していた。
それはローズマリーが悪いわけではない。むしろ、彼女はいい妻だろう。夫を愛し、幸せな家庭を築こうとしていた。
ただ、それがハワードには重荷であり、無理だった。ローズマリーはそのことに気づいていない。
結婚式の後の初夜。ローズマリーは大きな失敗を犯していた。
初夜を終えたその夜。ハワードには疲労感しかなかった。跡取りとして、子供を作るのは義務だ。愛はなくても関係を結び、子供を作らなければいけない。
義務としての行為に、疲れだけが溜まっていた。
ハワードはガウンを纏い、ベッドを降りようとする。ここはローズマリーの寝室で、ハワードの寝室は別にあった。ハワードはあえて寝室を分ける。寝る時は別々が良かった。
しかし、自分の寝室に戻ろうとするハワードの背中にローズマリーが縋った。行かないでと、引き止める。
それは普通に考えれば、可愛い行動なのかもしれなかった。初夜の後、新妻に可愛らしく甘えられれば、普通は嬉しいのだろう。
だが、ハワードは違った。
もともと家のための結婚だし、ローズマリーに愛情は持っていない。それでも家族としてなら彼女を尊重し、やっていけると思った。
だが、そこに彼女は愛を求める。
小さな頃からハワードが好きだったのだと、ローズマリーは告白した。結婚できて嬉しいのだと告げる。
その言葉はハワードを困惑させた。
ローズマリーに好意なんて持っていなかったので、戸惑う。後ろめたい気持ちがあった。
だがそれ以上に、ハワードはその言葉を信じられない。
ローズマリーは初めてではなかった。彼女は明らかに行為に慣れている。そしてそれを隠して初心なふりをしようとしていた。しかし、ハワードにはそれがわかってしまう。
実はハワードは成人前から、父に連れられて王都の娼館に出入りしていた。その娼館は高級で、客層は貴族か金持ちの商人に限られている。そこにいる娼婦達は美貌と教養を兼ね備えていた。後腐れなく遊べて、秘密を守れると貴族の男性の間では評判がいい。その娼館の主と父は友人だ。もっとはっきり言えば、たぶん父はその娼館の共同経営者なのだろう。貴族の客のほとんどは父が紹介したようだ。それが父の裏の顔なのだと、ハワードは知る。
ハワードは父の息子として、娼婦達に可愛がられた。いろんなことを教わる。女性の身体には詳しくなった。その中には娼婦のテクニックも含まれる。慣れているのに慣れていないふりをするなんて、娼婦たちには朝飯前だ。だから、気づいてしまう。ローズマリーが慣れていることにも、それを隠そうと演技していることにも。
それがハワードの気持ちをとても冷めさせた。だが、怒ってはいない。これは互いに家のための結婚だ。ローズマリーが過去に誰と関係を持っていても関係ないし、詮索するつもりもない。肉体関係のある恋人がいたとしても、それを裏切りとは思わなかった。
ローズマリーが貴族の結婚とはそういうものなのだと愛を求めなければ、ハワードは家族として彼女を受け入れることが出来たかもしれない。
だが、ローズマリーが求めたのは契約ではなく愛だ。ずっと好きだったとハワードに告白し、愛されたいと求める。ハワードはそんなローズマリーが理解できなかった。それが嘘でハワードを騙そうとしているのか。それともそういう気持ちは本当だが、他に恋人がいたのかはわからない。だが、行為に慣れるほど関係を持っていた相手は確かに存在した。そういう相手がいたのに、何を言っているのだろうと思う。
思っていた以上に計算高い女だと、むしろハワードは警戒した。
その上、ローズマリーはさらに余計なことを口にする。ハワードがマリアンヌを好きなことを知っていると告げた。
ハワードがどれほどマリアンヌのことが好きでも無理なのだから自分を愛するしかないのだという内容を貴族的に言葉を飾りながら囁く。
それはハワードの怒りを買った。人には触れて欲しくないことがある。ローズマリーはそこに無遠慮に踏み込んだ。
ローズマリーはハワードの気持ちを知っていたから、自分はマリアンヌの側にいたのだと続ける。それはハワードへの切ない恋心を本人は伝えたつもりでいた。だが、ハワードはそう受け取らない。もともと計算高いと思っていたが、自分が思っていた以上に腹黒いと感じた。
そんなローズマリーには愛どころか嫌悪しかハワードは持てない。ローズマリーは気持ちを伝えるタイミングも、言葉の選び方も間違えた。
それでも、ハワードは関係を持ち続ける。ローズマリーに優しく接した。跡取りを生むまで、彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。そんな計算がハワードにはあった。
そして直ぐにローズマリーは身篭る。
妊婦であるローズマリーをハワードはとても大切にした。無事に元気な子供を生んでもらわなければ困る。そしてその子が男の子であって欲しいとハワードは願った。
その願いどおり、男の子が生まれる。その子はハワードに似ていた。
心密かに、本当に自分の子なのか疑っていたハワードは安堵する。あまりに早くローズマリーが身篭ったので、実は結婚前から腹にいたのではないかと不安だった。
生まれた子には直ぐ乳母がつけられる。子供は乳母が育てることになり、ローズマリーから取り上げられた。
それは貴族では当たり前のことなので、ローズマリーも不思議には思わなかった。だが、目に見えて事務的になっていくハワードの態度には疑問を抱く。そしてその時初めて、身篭ってから一度もハワードが自分に触れないことに気づいた。
その理由を、追求する勇気がローズマリーにはない。後ろめたいことも、ハワードに隠していることも彼女にはたくさんあった。
そして彼女は夫に愛を求めることを諦め、浮気する。相手はローズマリーを小さい頃から好きだったハワードの取り巻きの一人だ。彼は貴族にしては容姿が凡庸で、賢いわけでもない。子爵家の息子だが三男で、家はすでに長男が継いでいた。成人後は早目に家を出るように言われている。そんな何もない彼だが、ローズマリーを好きな気持ちだけは持っていた。ローズマリーは彼と関係を持つ。そのことをわりと直ぐにハワードは知った。だが何も言わない。黙認した。自分に愛を求められるより気が楽だし、ローズマリーは嫡男を生むという義務を果たした。よほどの問題を起さない限り、排除するつもりはなかった。だが、ローズマリーの方から別れて欲しいと切り出す。息子を産んでから5年。ローズマリーは浮気相手の子を身篭った。その子と父親と3人で暮らしたいと願う。
ハワードはあっさりとそれを受け入れた。
関係を持っていないとはいえ、何年も一緒に暮らしている。人並みの情は湧いていて、幸せになって欲しいと願う気持ちはあった。
ローズマリーは実家に自分の浮気が原因で離婚することを告げ、そのまま実家には戻らず浮気相手と2人で王都へ向かった。そこで新しい暮らしを始めるらしい。ハワードもいくらかは支援した。だが、連絡互いに取らないことに決める。
そして、ハワードは独身に戻った。跡継ぎはいるので、ある意味、気楽だ。
ただ、浮気相手と幸せそうに笑っていたローズマリーを見て、マリアンヌのことを考えてしまう。自分も幸せになりたいと思った。しかしその相手として思い浮かぶのは、今も昔もマリアンヌしかいない。
離婚したことで落ちた評判が回復した頃に、ランスロー家に結婚の申込をしようと考える。
しかしその申し出は、マリアンヌの父にあっさりと断られた。
ハワードは何故かあんまり報われない。




