自給自足生活への道
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娘を嫁に出さない選択が簡単なわけがない。
わたしの目の前にはそこそこ広い畑が一面と、小さめの小屋がある。
小屋は主に農具をしまう納屋の役目を果たすが、着替えたりお茶を飲んだり簡単な調理が出来るようなスペースも作ってあった。休憩用に簡素なベッドも持ち込み、宿泊も可能にするつもりでいる。
土地を貰い、その土地を畑にして小屋を建てるまで、3年の月日がかかっていた。
その一筋縄ではいかなかった月日を、わたしは思い出す。
最初の難関は父の説得だ。
わたしは父と嫁に行かずに弟を育てることを約束していた。その提案に父も納得していると思い込む。だが、違ったようだ。
父はわたしがそんなことを提案したのは、母の死のショックからだと思っていたらしい。それは一時の激情で、2~3年も経てば気持ちが落ち着き、考えを変えると思っていたそうだ。
だからわたしの提案も簡単に了承したらしい。
(どうりで、拍子抜けするくらいあっさりと提案に乗ってきたと思った)
話を聞いて、腑に落ちた。母の死にショックを受けている娘を気遣って、言うことを聞いたらしい。
それが父の愛情なのはよくわかった。
だから、わたしが将来のために畑を作り、小屋を建てると聞いてひどく驚く。
わたしが本気であることに、今頃気づいたようだ。
5年間は自由にさせるから、その後はどこかに嫁ぎなさいと説得される。
同時に、父に再婚の意思は無いこともはっきりと言われた。二度も妻を失うなんて目には合いたくないと、きびしめの表情で首を横に振る。
母の妊娠後、父は父なりにずっと苦しんでいたことをわたしは初めて知った。
側にいて母の世話が出来るわたしより、何も出来ない父の方がずっと心を痛めていたらしい。
そんな父をさらに苦しめるようなことはしたくなかった。だが、わたしにも引けないことはある。
母が亡くなって数ヶ月。わたしはやっと子育てに慣れてきた。懐いてくれるシエルが可愛くて仕方ない。
そんなシエルの成長をずっと見守りたかった。
それに、再婚しないと言う父の言葉を信じないわけではないが、世の中は何が起こるのかわからない。父にそんなつもりは無くても、そういう状況に陥らないという保証はなかった。近くにいて、しっかり監督していないと安心出来ない。
わたしは父と何度も話し合いを重ねた。納得し、父が折れるまでに半年もかかる。
娘を嫁にやらないという選択は、父にとってはそのくらい重大な案件だったようだ。
嫁ぐのが普通、子供を生むのも普通の世の中で、それ以外の道を選択するのがいかに大変なのかを思い知る。
とにもかくにもわたしは父を説得し、屋敷から程近い場所にある私有地を財産分与という名目で貰った。
そこから今度は農民達との交渉に入る。わたしの要望ははっきりしていた。
農作業の空き時間に、畑を作ったり小屋を作って欲しいこと。畑が出来上がったら、農作物の育て方を指導してほしいということ。
その対価として、子供達に無償で読み書きと計算を教えるつもりであること。大人でも、本人が希望すれば読み書きや計算を教えることが出来ること。
ただ、それだけだ。
畑を作ったり小屋を作ったりすることは、案外、簡単に了承してくれる。領民思いの父は人気が高く、ランスロー家のためならと働いてくれる人は少なくなかった。手の開いた時に少しずつ進めてくれればいいというのも負担にならなくて良かったらしい。
農作物についてはおじいさんが教えてくれることになった。彼の家の畑はわたしの土地から程近い。行き来するのが便利だというのが主な理由だ。
問題は、わたしが支払う対価の方だと知る。
領民達も読み書きや計算が出来る方がいいことはわかっていた。だが、そこには複雑な事情が絡む。
たいていの場合、農家の子供は労働力だ。小さな頃から、繁忙期には畑仕事に借り出される。ある程度大きくなると、ほぼ一人前の仕事が任されるようになる。
つまり、子供に勉強をさせる暇はないと言われた。
(いや、暇はあるとかないではなく、作るもの)
そんな言葉が屁理屈でしかないことは知っているので、口には出さない。子供が労働力であることはわたしもわかっていた。
それならせめて、まだあまり役に立たない小さな子達だけでもと提案する。しかし、それも難しいと渋い顔をされた。
兄や姉は読み書きや計算が出来ないのに、弟妹が出来ると厄介なことになると説明される。力関係の逆転が、そこで起きる。兄や姉は基本的に跡継ぎだ。彼らは弟妹より上位にいないと問題が出てくる。
それは尤もな言い分なので、わたしは反論が出来なかった。
そこで、ある程度大きな子供には仕事のない冬に読み書きを教えるのはどうかと提案する。それ以外の小さな子供には春から夏にかけて学習させ、収穫期の秋は勉強を休みにしてみんなで仕事をするという形を取ればいいのではと思った。
冬に大きな子供達に教えてから春に小さな子供達に教えるようにすれば、心配する力関係の逆転も起こらないのではないかと考える。
その提案には心動かされる部分もあるようで、領民達は話し合いを重ねて意見をまとめてからもう一度話しをしたいと言い出した。
わたしは了承する。頭から拒否されない分、可能性はあると思った。
そして、子供達に学習させることが思っていた以上に大変であることを思い知る。
わたし的には誰も損をしない提案なので、もっと簡単に受け入れてもらえると思っていた。だが、そうはならない。
識字率を上げるのは簡単なことではないのだと、実感した。
(人の気持ちは難しい)
しみじみとそう思う。人間は時々、感情に突き動かされて理性的ではない行動をすると何かで読んだ。理屈に合わない行動を取るのが人間という生き物の特徴らしい。損得を無視する。
(信頼関係があってさえこうなのだから、信頼関係の無い中で、学校制度とかを始めるのは無謀ね。どうやっても上手くいきそうにない)
この国の識字率が低く、学校制度がない理由をわたしは納得した。
最終的に、領民達はわたしの提案に乗った。そして全てがちゃんとした形になるまで、3年がかかる。
やっとスタートラインにたったことを、出来上がった畑と小屋を見ながら、わたしは実感した。
学校制度を作るのが大変だという認識はここで培われました。




