おねだり上手
意外と強かです。
子供とは時々、親の想像しないことをする。
そんなどこかで誰かが言った言葉をマリアンヌは思い出していた。
「おじいちゃま」
そう祖父を呼んで甘える娘の姿にびっくりする。
呼ばれたおじいちゃま――国王――はやに下がっていた。
普段、素直に甘えられることなんてほぼないので、孫娘のそんな態度にとても喜んでいる。
国王には孫はたくさんいた。だが祖父である前に国王であるポンポコに甘えた態度を見せる孫は滅多にいない。
少なくとも、マリアンヌは初めて見た。
孫娘という意味ではメリーアンは末っ子になる。その末っ子特典を十二分に活用していた。
(わが子ながら、末恐ろしい)
メリーアンは国王に招かれてお茶を飲みに来ている。
メリーアンを一人で行かせるわけにはいかないので、マリアンヌはついてきた。
いつの間にか国王と約束していたことに、驚いている。
マリアンヌもラインハルトも知らないうちに、メリーアンは国王とお茶を飲む約束をかわしていた。
どうやら、アントンを使ったらしい。
アントンの父親が侍従長というのを最大限利用したようだ。
昨日の今日で約束を取り付けた娘に賞賛の気持ちさえ芽生えている。
(誰に似たのだろう?)
マリアンヌは祖父の隣に移動し、甘えるようにくっついている娘を見た。
今、メリーアンは用件に全く関係ない世間話で国王と盛り上がっている。
その話題のチョイスがなかなかいいところをついていた。
マリアンヌだって、それなりに国王との付き合いは長い。何が好きで何が嫌いかはだいたい知っていた。
だが、それを簡単に読み取らせないから国王は狸なのだ。
(実の孫とはいえ、顔を合わせる機会はそう多くは無いのに)
何故、ポンポコについて詳しいのだろうと考えた時、メリーアンに絶対味方しそうな面々のことを思い出す。
メリーアンには実の兄弟以外に、可愛がってくれる姉のような存在があった。
第一王子の離宮にはフェンディの娘達がいる。彼女達は嫁に行っていた。しかし平日は母のいる離宮に顔を出していることが多い。
フェンディは本格的に向こうに行って、ほぼ帰ってこなかった。妃達とは別れるつもりかもしれないと心密かに心配していたが、結局、フェンディはそうしない。
妃達の希望を聞いて、婚姻の継続を決めたようだ。
だがその代わり、自分の勝手に認めさせる。田舎でひっそりと、夫婦のような生活をミカエルと送っていた。そこに最近息子が加わって、不思議な家族関係が構築されているらしい。
フェンディとは米関係の諸々で連絡のやり取りがわりとあった。
仕事のついでに近況も書いてよこすので、たぶん、マリアンヌは誰よりもフェンディの状況に詳しい。
そんな本来の主不在のフェンディの離宮に、メリーアンは度々、遊びに行っていた。
彼女の乳母はフェンディの娘達の乳母でもある。乳兄弟のメリーアンのことをフェンディの娘達は妹のように可愛がってくれていた。
メリーアンの社交はそんな彼女達譲りで、完璧だ。
自分の社交がいまいちなことを知っているマリアンヌは娘が王族として不足ない社交が出来るようになることを期待した。娘の教育だけは乳母に任せる。男兄弟の中で育って、女の子らしくなく育つのを危惧した。
その選択は正しかったらしい。マリアンヌの期待した以上の成果が目の前に現れていた。
「それでね、おじいちゃま。メリーアンもアルステリアに行ってみたいの。父様や母様とご一緒したいわ」
メリーアンはにこりと笑う。さらっと自分の要望を口にした。
しかし、そこであっさりと流されないから、国王は狸なのだ。
『いいよ』とは頷かない。
メリーアンは言葉を続けた。
「護衛や従者や侍女を引き連れて移動するんだから、そこに一人くらい女の子が増えても構わないでしょう?」
ラインハルトによく似た面差しで国王を見つめる。
メリーアンは祖父が自分の顔に弱いことをよく知っていた。
3人いる息子のうち、今でもラインハルトは国王にとっては特別だ。
「小さな子が行くには遠いよ」
国王はやんわりと断る。
(そこのポンポコは簡単にはOKしないわよ)
マリアンヌは心の中で呟いた。
優しい祖父としての顔を見せながらも、国王の本質は施政者だ。私より公を優先する。
「大丈夫よ。だって、アドリアン兄様とオーレリアン兄様がアルステリアに大使として行ったのは7歳の頃でしょう? それに、わたしだってアドリアン兄様の家族だわ。小姑になるのだから、オフィーリア様とは仲良くしたいの」
切々と訴えかけた。
(筋は通っているな)
マリアンヌは冷静に判断する。口は出さない約束なので、2人の会話を邪魔しなかった。黙って、聞いている。
「ね? おじいちゃま」
メリーアンは強請った。
国王は断る理由を探しあぐねている。
(孫娘の勝ち)
マリアンヌは心の中で判定した。
自分が可愛いことも知っているおねだり上手です。




