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優勝

結婚より仕事がしたい女性です。





 オフィーリアは自分が優勝するとは考えていなかった。

 参加しておいてなんだが、アルステリアの人間を簡単に勝たせるとは思えない。寄宿学校時代の後輩である他国の姫の姿も見かけたので、外国人は他にも参加しているらしい。だが閉鎖的なこの国が積極的に異国の人間を受け入れるとは思えなかった。

 だから、優勝が決まって普通に驚く。


(いいのかな?)


 不安に思った。

 勝敗が決した後は、表彰式があるというので控え室に案内される。

 その際、優勝者のオフィーリアと2位以下の令嬢は案内される部屋が違った。

 一人だけ、別の控え室に連れて行かれる。

 比較的、こじんまりとした部屋だった。

 ソファとテーブルがあり、座るように促される。


「皇太子妃がいらっしゃいますので、少々、お待ちください」


 案内してくれたメイドはそう言って、丁寧に頭を下げた。


「わかったわ」


 オフィーリアは返事をする。

 だが言葉とは裏腹に、落ち着かない気分だった。メイドが部屋を出て行き一人になると、大きなため息をつく。


(優勝しない方が気楽だった)


 そう思った。

 アドリアンに対して恋愛感情を持っているかと問われたら、違う。同級生だし嫌いではないが、好きだと思ったこともまたなかった。もっとも、オフィーリアは今まで誰かに恋したことがない。恋というものが実はよくわからなかった。自分より誰かを大切に思えることなんて、自分にはないかもしれないと思う。

 だから、アドリアンとオーレリアンのことはある意味、羨ましく思っていた。2人は互いを大切にしている。そして、自分達だけで世界が成立していた。他の誰も必要としていない。

 それを遠くから眺めながら、そういう生き方もあるのだなと思った。だが自分には関わりのないことだと受け流す。

 数年後、アドリアンの妃になる未来なんて想像もしなかった。


(トランプに夢中で、頑張りすぎた)


 反省する。楽しくて、夢中になってしまった。優勝した後に、しまったと思う。手を抜くつもりはなかったが、優勝するのは不味いかなとも思っていた。適度なところでお茶を濁す予定が、気づいたら勝ってしまう。相手がいるゲームだから、自分の加減で勝敗はどうにも出来なかった。

 運は本当に天に任されていたらしい。


 控え室でそんなことをつらつらと考えて、一人で悶々としていた。

 トントントン。

 部屋のドアがノックされる。


「はい」


 オフィーリアは返事をした。


「開けていいかしら?」


 問われる。

 その声には聞き覚えがあった。マリアンヌだろう。


「どうぞ」


 オフィーリアは許可する。

 ドアが開くと、予想通りマリアンヌが立っていた。

 ソファに座っていたオフィーリアは立ち上がり、マリアンヌを出迎える。


「所用で遅くなってごめんなさい。ずいぶん待ったかしら?」


 マリアンヌは謝罪の言葉を口にしながら、部屋に入る。侍女を一人連れていた。

 オフィーリアも侍女を一人連れてこの国に滞在している。だが、お妃様レース中は宿で待機させていた。レースには一人で参加するように明記されている。どの令嬢もそうだった。


「いいえ。それほどでも」


 オフィーリアは首を横に振る。

 マリアンヌはオフィーリアに座るように示し、自分も向かいのソファに座った。

 オフィーリアは真っ直ぐ、マリアンヌを見る。緊張して胸が高鳴った。アドリアンの妃になることより、マリアンヌの義理の娘になることの方がオフィーリアには大きい。


(わたしでいいのかしら?)


 そんな風に思った。

 マリアンヌはにこやかに微笑む。


「さて、いろいろ話をしましょうか」


 そう口火を切った。

 ごくりとオフィーリアは唾を飲み込む。


「お妃様レースに優勝した貴女はアドリアンの妃となることになりますが、覚悟は出来ていますか?」


 マリアンヌは静かな口調で問いかけた。


「覚悟というと、どんなことでしょう?」


 求められているのが何かわからなくて、オフィーリアは尋ねる。


「アルステリアを捨て、アルス王国の民となる覚悟です」


 マリアンヌははっきり言った。本音で話している。それは貴族的な遠まわしの腹の探り合いとは全く違った。オブラートに包みすぎて、もはや何を言いたいかわからない無駄な会話より直接的でわかりやすくて効率がいい。

 オフィーリアそういうところに好感を持った。


「国を捨てなければ、いけませんか?」


 だから、オフィーリアも本音で返す。

 自分の生まれ育った国だ。アルステリアには家族もいる。簡単に捨てられるわけがなかった。


「嫁ぐことが決まり、当然、アルステリアの国王からは両国の架け橋となるよう求められるでしょう。それがアルス王国のためであるなら、構いません。ですが、アルステリアのためであるのは困ります。今後、貴女にはアルス王族の妃として、外交を頑張ってもらいます。それはアルスアリアに対してより、他の国への方が多いでしょう。そしてそれは全てアルス王国のためです。アルステリアのために働く妃は、この国には必要ないのです」


 マリアンヌは冷たいほどはっきりと言う。包み隠さず打ち明けるのが誠意だと思った。

 それはオフィーリアにも伝わる。


「……」


 オフィーリアは無言で考え込んだ。それは逡巡するというより、マリアンヌの言葉の内容を確認しているという感じがする。


「妃となった場合、わたしは外交を任せていただけるのですか?」


 そこに食いついた。

 マリアンヌはふっと笑う。それは想定内の反応だ。


「知っていると思いますが、アルステリアと違い、我が国では女性が仕事をすることは歓迎されません。なので国内において、仕事をすることは難しいでしょう。ですが、他国を相手の外交なら話は変わってきます。相手は国内の人間ではなく、異国の人々です。女性であろうと、王族の一人という肩書きはアドバンテージになるはずです。この先、他国との外交は増えることになるでしょう。いつまでも、国を閉ざしてはおけません。それなら他国にせっつかれて国交を持つしかなくなるような状況になる前に、少しずつ上手に、アルス王国にとって有利な外交をするべきです。オフィーリアはそういうのを専門的に学んでいたと聞いていますが、違いますか?」


 問いかける。


「違いません」


 オフィーリアは大きく頷いた。その目はワクワクしている。


「それをわたしに任せていただけるのですか?」


 前のめりに身を乗り出し、念を押した。

「国内的にはアドリアンの補佐という形になるでしょうが、実質、貴女に任せようとわたしは考えています」


 マリアンヌは頷く。


「ぜひその仕事、わたしにやらせてください」


 オフィーリアは頼んだ。

 マリアンヌはそれを見て、くすくすと笑う。


「その仕事にはもれなくアドリアンの妃というオプションがついてくるのだけれど、構わないかしら?」


 尋ねた。


「それも仕事だと割り切って、構わないなら。妃となり、王家の血筋を残すのも仕事の一つだと考えます」


 オフィーリアは答える。


「あら、それはこちらも願ってもない話だわ」


 マリアンヌは微笑んだ。


「アドリアンに愛情を期待しても無駄だと思うので、そういう部分は期待しないで。あの子、基本的にオーレリアン以外はどうでもいいのよ」


 申し訳ない顔をする。


「知っています」


 オフィーリアは頷いた。


「わたしもそれで構いません。他に愛人を作り、その愛人に大きな顔をされたりするのは我慢なりませんが。オーレリアンならそういう心配はないと思うので」


 にっこりと笑う。


「わたしたち、良い嫁姑の関係を築けそうね」


 マリアンヌは握手を求めて、手を差し出した。






意外と気が合いそうです。

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