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祭の当日です。





 若い女の子達が集団で街の中を駆け抜けて行く。

 先頭のガチで優勝を狙っている勢は本気だが、10人にも満たないその子たちを除いた参加者のほとんどはどこか気楽そうだ。

 おしとやかなことを求められるこの国で、女の子は普段は街中を走るなんて出来ない。小さな頃は許されても、成長するにつれて周りの目がそれを許さなかった。

 だが一年に一度、この日だけは走っても騒いでも許される。

 ある意味、この日は女の子達のストレス発散の場でもあった。


 だからなのか、未婚の女性のみを対象としたこのレースに、数年前から既婚者の部というものが出来た。こちらは順位をつけない。ただ完走を目指すだけの賑やかしだ。でもそれだけではつまらないだろうと、完走すると記念の絵皿がもらえる。その絵柄が毎年違うので、コレクター気質のある女性は毎年、参加したくなった。

 ちなみにそのアイデアはクレアに相談されたマリアンヌが出した。どうせならそういうのもあった方がいいのではないかと軽い気持ちで提案したら、直ぐにそれが形になって驚く。

 さすが商人、フットワークが軽いとマリアンヌは感心した。


 そんな地味に祭と関わってきたマリアンヌは本日、スタートでありゴールでもある広場の貴賓席から平民達のレースの様子を眺めている。右側には夫のラインハルトが。左側にはアドリアン、オーレリアン、エイドリアンの3人の王子が並んでいた。三人はそれぞれ、1位、2位、3位の女性にトロフィーを手渡すプレゼンターの役割を頼まれている。

 それもあって、今年のレースはみんないつも以上に気合が入っていた。王子様を目の前で見られる機会なんて二度とないかもしれない。自分がその王子とどうこうなんておこがましいことは考えていないが、近くで見たいくらいの希望はあった。

 手渡すトロフィーのアイデアも当然、マリアンヌが出す。スポーツの優勝カップをイメージして、受賞者の名前が刺繍されたリボンが毎年カップにつけられていった。カップは1年で返却するが、自分の名前は永遠にカップに残る。このシステムは思いの他、好評だ。

 前世の知識はあまり活用しないと決めているマリアンヌだが、技術の進歩に関係のないこういう部分ではしれっとそれを生かしている。


「みんな楽しそうね」


 女の子達がきゃっきゃっうふふしながら走り出す姿を眺めながら、マリアンヌは独り言のように呟いた。


「そういう母様が一番楽しそうですよ」


 アドリアンは隣から指摘する。

 マリアンヌはにこにこしていた。

 基本的に怒ることがなく、いつも穏やかに笑っている母だが、本当に楽しげな顔をすることはそう多くない。大抵は子供達のことで頭を悩ませていた。ここ数年は自分が頭痛の種であることも自覚している。


 適当な誰かを娶って、子供を作れば母を安心させることは出来るだろう。だが、誰でもいいとは思えなかった。

 仲の良い両親の姿を見ていると、愛することは出来なくても、せめて仲良くはしたいと思う。オーレリアン以上に愛する存在が現れるとは思えないが、その次に好きな相手。もしくは、互いにちゃんと割り切れて全てを納得した上でいい関係を築ける相手が欲しかった。

 もちろん、そんなこちらに都合がいいだけの相手、いるわけがない。

 それがわかっていたから、社交ではみんなに等しく冷たくした。甘い顔をすると、皆が期待して、寄ってくる。期待させないのもある意味、優しさだ。

 もちろん、それがただの言い訳であることも知っている。


「そうね、楽しいわ。みんなが楽しそうな顔をしているのを見るのは、嬉しいわね」


 そう言って、マリアンヌはちらりと横に並ぶ息子達を見た。三人は皆、優しく微笑んでいる。もちろんそれは国民の視線を十二分に意識しての笑みだ。


「そうやって笑っていると、王子様っぽくてキラキラしているわ」


 マリアンヌは息子達に満足な顔をする。

 社交の時はあれだが、それ以外の場ではアドリアンは完璧な王子だ。いつも穏やかな笑みを湛え、相手に気も遣える。平民相手でも権威を嵩にきなかった。でもだからといって謙っているわけでもない。絶妙な匙加減が評判になっていた。


「王子様ですからね」


 アドリアンは笑う。自分の立場はよく理解していた。


「明日からもその調子でお願いね」


 マリアンヌは頼む。王家にとって、本番は明日からだ。マリアンヌは祭を楽しみながらも、同じコースを貴族や豪商の令嬢が走ることを想定しながら見ている。

 令嬢達は街の娘達以上に走ったり登ったり、高いところから飛び降りたりすることに慣れていなかった。大丈夫なのかと心配する。だが、自己責任でお願いしようと開き直った。

 最初にそれは説明してあるし、申込書には全てが自己責任で王家には損害賠償を請求したりしないという旨が明記してある。申し込んだ時点で、それを了承したことになっていた。


「頑張りますよ。公務ですから」


 アドリアンはにこやかに民衆に笑顔を振りまいたまま、答える。

 そんな2人の会話を隣で聞いていたオーレリアンはため息を吐いた。


「2人とも、明日のことではなく今日のことに集中してください。そろそろ既婚者の部がスタートしますよ」


 注意する。


「わかっている」


 アドリアンはオーレリアンを見た。作り物ではない笑みを浮かべる。

 それをたまたま目にした民衆からざわめきが起こった。






いつも参加しないのですが、今年は特別です。明日のこともあるので。


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