告知
実は初めて見に来ました。
マリアンヌは祭の様子を建物の二階から眺めていた。
建物はクレアの実家が持っている店の二階で、大通りに面している。その大通りは毎年、レースのルートに入っていた。女性達は店の前を通って、ゴールである広場に向かう。そしてここからならその広場も見渡せた。
観戦するにはいいポジションに位置している。
すでに沿道にも広場にもたくさんの人が集まっていた。レースの結果を楽しみに、ゴールに向かって走ってくる女性達を待っている。
マリアンヌの隣にはアドリアンとオーレリアンがいた。
市民の祭を見に行くといったマリアンヌに強引についてくる。
「すごい熱気だな」
オーレリアンは単純に感心していた。
「そうね。思った以上に盛り上がっているわね」
マリアンヌは頷く。
実は、マリアンヌも祭を見にくるのは初めてだ。マリアンヌの提案で、お妃様レースは市民の祭となったが、マリアンヌは発案しただけだ。実際にどのような祭になったのかまでは知らない。初めの一回はルイスも手を貸したようだが、二回目以降は市民の運営委員に任せて手を引いた。
市民のお祭に、下手に王族や貴族は関わらないほうがいい。
マリアンヌやルイスはそこいるだけで、市民に気を遣わせる存在だ。
それを自覚しているからこそ、マリアンヌは手を出さなかったし、見にくることもなかった。
もっとも、最初の一回は出産の時期と前後していた関係もある。
クレアから祭りの様子は聞いていたが、話に聞くのと実際に見るのではだいぶ違った。
熱狂する市民達を見て、来年はやらないなんてことになったら恨まれていただろうと今さら思う。
「これ、来年もやることにして正解だな」
同じことを考えたらしいアドリアンの呟きに、マリアンヌは小さく笑った。
「そうね」
頷く。
「危うく、無駄な恨みを買うところだったわ」
そう言って、ほっと胸を撫で下ろした。
話しながらふと、視線を感じる。下ではなく、正面を見た。
年頃の令嬢達がアドリアンやオーレリアンに熱い視線を送っている。
通りの向こうにももちろん、建物はあった。そこの二階にも観客がいる。
大通りに面した建物の二階はちょうどいい観覧場所になっていた。ほとんど店が贔屓客のためにその場所を開放している。
本来ならこの部屋にももっと多くの人がいるはずだっただろう。しかし今回はマリアンヌたちのために貸しきられていた。
室内にはマリアンヌたち3人と、メアリしかいない。しかし扉の外には私服を着た護衛騎士が2人、中に誰も入れないように立っていた。
皇太子妃とその王子が来るのだから、他の客を入れるわけにはいかない。
マリアンヌたちは一応、お忍びだ。
だから地味な服を着て、ちょっと裕福な商人に見える程度の恰好をしている。
マリアンヌは十分それで変装できていたが、アドリアンとオーレリアンは違った。
衣装がキラキラしていなくても、本人がキラキラしていて目立つ。
王子だとは気づかれていないかもしれないが、ただの商人とも思われていないのは想像するに容易かった。
「アドリアン、オーレリアン。目立つから、窓にあまり近づかないで」
マリアンヌは注意する。
「どっちみち、もうばれているんじゃない?」
アドリアンはそう言った。
ちらりと正面の令嬢たちを見る。
彼女達は歓声を上げたいのを懸命に堪えていた。口を手で押さえて、我慢している。
その反応は普通ではなかった。騒いだら不味いことをわかっているとしか思えない。
「まあ、場所を考えれば当然の結論でしょうからね」
マリアンヌは苦く笑った。
皇太子妃がクレアと懇意にしているのは有名だ。そもそも、クレアはお妃様レースで上位に入ったことで今の地位を築けている。マリアンヌと縁が深いことはみんな知っていた。
そのクレアの実家である店の二階にやたらと綺麗な顔をした青年が2人いる。王子たちがお忍びで来ていると考えるのが妥当だろう。
それに、アドリアンとオーレリアンは謁見の儀で顔を見せていた。
市民の多くに面が割れている。
「目立ちたくないから、一人で来るつもりだったのに」
マリアンヌはぼやいだ。自分ひとりなら、ばれない自信がある。
「自分の妃を選ぶレースがどんなものなのか、気になるのは当然でしょう?」
アドリアンは反論した。一つ目の予選が市民と同じルートを走ることを聞いている。
「それに、今日の告知が市民達にどのように受けいれられるのかも気になります」
そう続けた。
来年、本物のお妃様レースをすることは今日のレースが終わった後、告知される。表彰式の後、来年の祭のお知らせ共に市民には伝えられる手筈になっていた。
ちなみに貴族の方にはすでに招待状を発送している。市民より先に知らせた。こういう順番はとても大事だ。貴族はそういうところに拘る。
そんなことを話していると、歓声が聞こえた。
参加者がゴールに近づいているのだろう。
マリアンヌたちはその様子を眺めた。
本気で優勝を狙っている令嬢が真顔で走り抜けていく。思ったよりそれは早かった。それを何人かが追いかけていく。
予想以上のデットヒートに、観客は興奮していた。
「……」
「……」
「……」
3人はその迫力に驚く。
「本気なのは伝わりました」
オーレリアンがフォローするように言った。
「凄いわね」
マリアンヌは呟く。
「ああいう女性が未来の国母というのもそれはそれで面白いですね」
アドリアンは笑った。
(いや、それは困る)
マリアンヌとオーレリアンは同じことを心の中で突っ込む。だが、この場ではそれを口にはしなかった。
全ての令嬢がゴールした後、表彰式が行われた。
それも異様な盛り上がりをみせる。広場からそこそこ距離がある場所でも、熱気は十分に伝わってきた。
そして、来年の祭についてと、本物のお妃様レースが20年ぶりに開催することが告げられる。条件を満たせば、市民でも参加が可能なことを伝えると大きな歓声が上がった。
「凄いですね」
アドリアンは驚く。予想以上に盛り上がっていた。
「好感触でなによりだわ」
マリアンヌはほっとする。それと同時に、プレッシャーも少し感じた。
予選が盛り上がり、本戦が盛り下がるのは不味いなと考えています。




