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商工会

 商工会とは相談する必要があります。





 お妃様レースは第一回以降、平民のイベントとして定着していた。

 年に一回、女性の方から男性にアプローチできる場として、大いに盛り上がっている。バレンタインにアトラクション要素が加わったと考えれば、わかりやすいだろう。

 基本的には王都で開催されるお祭りだが、特に参加資格は設けていない。そのため、年々、近隣からの参加希望者は増えていた。

 取り仕切っている商工会はウハウハしている。

 マリアンヌは今日、来年、お妃様レースを開催することについて話すために商工会のメンバーを城に呼んでいた。

 その商工会のメンバーの中にはマリアンヌの馴染みの顔がある。お妃様レースで知り合ったクレアだ。


 クレアはあの後、ギルバートと結婚して自分の商会を立ち上げた。当主は夫であるギルバートではなく、クレアが努めている。当初は、女性が当主で上手くいくわけがないと思われていた。実際、いろいろあった。普通なら、成功するのは難しかっただろう。だがクレアには実家の後ろ盾があった。皇太子妃であるマリアンヌも付いている。

 マリアンヌは基本、前世の知識は使わない。迂闊に技術を発展させてしまったから、この世界のバランスが崩れるかもしれないからだ。過ぎたる力は不幸を招く。だから、前世の知識を活用するのは美味しい料理を作るときだけと決めている。

 例外としてもう一つ、マスクや石鹸などの公衆衛生に関することがあった。人の命に関わる大切なことだから、それについては知識を出し惜しみしない。

 もっとも、医者でもない一般人のマリアンヌにはたいした医学知識はなかった。せいぜい、課外授業的なあれで手作りで石鹸を作ったことがあるので、そのつくり方を覚えていたくらいだ。消毒薬はエタノール的なものを使うという知識はあっても、そもそもエタノールがなんなのかわかっていない。それでもマスクと石鹸が市民の生活に与えた影響は大きかった。伝染病の発生はこの20年、かなり抑えられている。クレアにはその石鹸の独占販売権を与えていた。その代わり、薄利多売で低価格で販売してもらっている。多少質が落ちても、全員に行き渡ることを優先してもらった。どんなにものが良くても、貧しい人々の手に入らないのでは意味がない。いくつも品質と値段が違うものをつくり、誰もが手に入れられるようにしてもらった。

 クレアの商会はそういう独自のものを販売しているので、他の商会と利権の取り合いになることが少ない。それが商売が上手くいっている理由であった。

 クレアはお妃様レースの結果を含めて、マリアンヌにとても感謝している。マリアンヌのためなら何でもやろうという気持ちがあった。


 マリアンヌは集めた商工会のメンバーに、来年、アドリアンの妃を選ぶお妃様レースを開催することを話す。

 その影響で、毎年、商工会が開催しているイベントの方は開催が難しいであろうことを伝えた。

 迷惑をかけることを謝罪する。

 すると、商工会メンバーの一人が手を上げた。


「開催は難しいだろうということですが、開催してはいけないということではないんですよね?」


 マリアンヌに確認する。


「ええ。禁止する理由はありませんから」


 マリアンヌは頷いた。


「では、私どもの方は私どもの方で例年通りに、イベントを開催してはいけませんか?」


 彼は問う。


「それは構いませんが……。どうするつもりですか?」


 マリアンヌは尋ねた。


「本物のお妃様レースは何日もかけて行われましたが、私どものイベントは午前中に予選を行い、午後に本戦が行われるという1日で終わるイベントです。ですので、お妃様レースが行われる前日、その前哨戦のような形で開催したいと思っています。今回のお妃様レースも平民の参加は可能なようですが、参加費を払って参加できる市民などほんの一握りで、多くは参加出来ません。ですから、市民のためのイベントはイベントで行い、それに加えて本物のお妃様レースを開催していただければ、より盛り上がる気がします」


 彼は満面の笑みを浮かべた。


「つまり、祭りの期間を長くすればいいということですね」


 マリアンヌは確認する。


「たった一日です。それくらいなら何の影響もないと思うのですが、いかがでしょう?」


 彼はマリアンヌの判断を待った。


「一日増やすだけでいいなら、確かに可能ですね。前哨戦で人が集まれば、その後のお妃様レースも盛り上がるでしょう。経済効果も膨らみそうですね」


 マリアンヌはにこっと笑う。

 商工会としてはいつも以上にウハウハのようだ。男は黙って、口の端で笑う。マリアンヌの言葉を否定しなかった。


(利益を追求するという目的が明確な分、重臣達よりよっぽど使える)


 マリアンヌはそう評価した。


「商工会側がそれで問題がないなら、わたしは構いません。市民が楽しみにしているイベントを中止にするのは忍びないですし、せっかくだから、そのイベントの設備も利用して市民の皆さんが観戦出来る方向でイベントを練りなおしましよう」


 マリアンヌの言葉に、商工会のメンバーは驚いた。

 市民のイベントは、例えるならアスレチックだ。障害物競争が長くなったような感じで、街中にある障害物をクリアしながらチェックポイントをもらいゴールに戻る。毎年、障害物やルートは変わるが、レースの内容は基本的に一緒だ。


「そんなことが可能ですか?」


 クレアは心配する。マリアンヌが思いつきで口にしていることは気づいていた。後から、困るのではないかと思う。


「ええ。自分の国の民の生活も知れて、いい機会ではないですか? 準備したものもフル活用されて一石二鳥でしょう? ですので、最初の予選でそれを使いましょう。内容がわかっている方が対策も練りやすいでしょうからサービスです」


 マリアンヌはにこにこ笑った。

 貴族の令嬢達が街中を走り回るなんて、面白い。それを最初の予選にすれば、その分の予算が浮くし、そこに関しては商工会に丸投げ出来るので人手もいらない。マリアンヌは商工会をこき使うつもりでいた。

 そしてそれは商工会側もわかっている。

 その分ちゃんと、利益が取れるよう考えていた。観覧席を作れば貴族達にも売れるだろう。


「その件に関しては、後日、改めて相談させていただいてよろしいでしょうか?」


 商工会のメンバーは頼む。


「ええ。今年のイベントが終わったら、詳細を詰ましょう」


 マリアンヌは約束した。

 有意義な会議に、双方、満足な顔をする。

 思ったより準備が大変で少し凹んでいたマリアンヌは落ち込んでいた気分が浮上した。








 参加する側は楽だけど、準備する側は大変です。


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