根回し
巻き込まれるルイス。
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お妃様レースの開催に向け、ラインハルトはまず根回しから始めることにした。
息子の妃を選ぶためのイベントだとしても、それは国が行うことだ。未来の王妃を選ぶイベントなので、国にも無関係な話ではない。
それは自分達の一存では開催できないということでもあった。
重臣達の賛同は必要だし、最終的に予算は国から出ることになる。
議題として持ち出す前に、十分な根回しが必要だ。
「さて、どうするかな」
ラインハルトは考え込む。
それをルイスは冷めた目で見つめた。
朝、やって来たラインハルトは開口一番、息子のためにお妃様レースを開催することを告げる。マリアンヌの立てた計画をざっとルイスに説明した。
ルイスは黙って、それを聞く。同時に、自分の耳を疑った。
あの悪夢のような日々がまた始まるのかと、戦く。
ラインハルトの妃を選ぶお妃様レースは、国王が勝手に決めた。重臣達に相談もなく、強権を発動して押し通す。
前代未聞の話に、王宮の中は混乱した。
賛成とか反対とか、そういうことを考える時間もない。開催日はすでに決まっていて、その日まで一月あまりしかなかった。
決まったことに向けて、準備するしかない。
招待状だけは出来上がっていて、それを発送すると同時の開催発表だった。
明らかに、仕組まれた感じがある。
だが、動き出したプロジェクトを止めることはすでに出来なかった。
貴族向けとは別に、平民への知らせとして街に告知の紙が貼られる。
市井はすでにその話で持ちきりだ。平民も参加できるというので、盛り上がっている。
今さら取りやめたら反感を買うのはわかっていた。
参加する方は特に準備が必要ないので気楽だが、開催する主催者の方は大変だ。
国王はお膳立てだけして、その後のことはラインハルトに全て丸投げする。
自分の妃を選ぶ内容は、自分で考えていいと息子に託した。
それが親の愛情なのか、面倒なことを放り投げただけなのかは、微妙なところだろう。
唯一つ確かなのは、準備期間がほとんどないお妃様レースの開催をラインハルトとルイスが押し付けられたということだ。
その日から、ルイスの日々は多忙を極める。
通常業務もこなしつつ、王宮内の各所との打ち合わせや交渉が始まった。
寝る暇がないというのはこういうことなのかと実感する。
悪夢のような日々だった。あれが再びやってくると思うと、うんざりする。
「あんな大変なイベントをもう一回開くなんて、正気じゃないですね」
ルイスはぼやいた。
「今回はそんなに大変じゃないよ」
ラインハルトは苦笑する。
前回、大変だったのはラインハルトも同様だ。
だからマリアンヌの口からお妃様レースの話が出た時、直ぐに賛成は出来なかった。
それに、その後の弊害も知っている。
マリアンヌと結婚して20年近く経つ。だが未だに、マリアンヌが男爵令嬢だったことに引っかかりを持つ貴族は少なからずいた。厄介なことに、それは爵位が上がるほど多くなる。自分達の娘が男爵令嬢に負けたことに未だに納得がいかないようだ。
マリアンヌは男爵令嬢だが、大公家の血も引いている。そのため、結婚前に大公家の養女になり、大公家の娘として嫁いできた。大抵の貴族はそれで納得している。だが、納得していない一部がいた。彼らは文句を言いたいだけなので、理由は何でもいい。男爵令嬢だったことは文句をつけるのにちょうど良い口実だ。身分的に、皇太子妃に相応しくないのではないかと言いやすい。
ラインハルトはそんな戯言を相手にしなかった。だがそういう燻っている不満が大事に発展する可能性は危惧している。
定期的にそういう連中は監視していた。
マリアンヌの知らないところで、ラインハルトもいろいろ苦労している。しかし、それを妻に言うつもりはなかった。マリアンヌが知れば、心を痛め、なんとかしようとするだろう。だがそれはマリアンヌを危険にさらすことになるかもしれない。ラインハルトはマリアンヌを危険な目に合わせることを何より恐れた。
お妃様レースをまた開催すれば、燻っている火種に火が付きかねない。だから本当はやりたくなかった。しかし、マリアンヌが乗り気なので仕方ない。
「準備期間もたっぷり取っているし、マリアンヌも息子達も手伝う。ルイスにかかる負担は減るはずだ」
ラインハルトはルイスを宥めた。
「そうでしょうか?」
ルイスは納得しない。
「あまり変わらない気がするのは気のせいですか?」
真顔で問うた。
「……」
ラインハルトは何も言えない。否定できなかった。
そんな主に、ルイスはやれやれという顔をする。
「まあ、いいですよ」
諦めたように呟いた。
「マリアンヌ様が言い出したのでしょう? あの人、言い出したら引かないので」
ため息を吐く。
「いつも悪いな」
ラインハルトは謝った。
「そう思うなら、止めてください」
ルイスは無理を承知で言う。
「無理だな。私はマリアンヌにお願いされると断れない」
ラインハルトは首を横に振った。妻に甘い自覚はある。
「知っています」
ルイスは苦く笑った。
「ところで、何を悩んでいたんです?」
ラインハルトに尋ねる。
「誰に、どう根回しするか考えていた」
ラインハルトは答えた。
「ああ、それなら」
ルイスはニッと笑う。
「今、アドリアン様に見合いを申し込んでいる人たちから取り込むべきでしょう」
提案する。
今年の一番人気はエイドリアンだ。しかし、アドリアンに招待状が届いていないわけではない。
次の皇太子だといわれているのはアドリアンだ。あの社交の様子を見てもなお、諦められない貴族達がいる。そこなら、見合いをするためにお妃様レースを開催に乗るだろう。
「なるほど」
ラインハルトは納得した。
「そこから取り込むことにするか」
決める。早速、その連中とコンタクトを取ることにした。
裏方の人たちはいつも大変です。




