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決意

ラインハルトもいろいろ考えています。





 マリアンヌが離してもらえたのは明け方近かった。

 身体のあちこちに残るキスマークを見て、マリアンヌは困った顔をする。見えない場所につけるだけならまだいいが、ラインハルトはわざと見える場所に跡を残そうとする。

 自分のものだという印を付けているのだと主張されるが、そんな主張する必要なんてないとマリアンヌは思っていた。妻が妬くほど亭主もてずという言葉があるが、ラインハルトが妬くほどモテたことはない。王宮では特に人気がなかった。どちらかといえば悪女だと思われている。それなのに絶世の美人とかではないので、なんだか中途半端な感じだ。こんなのが悪女でこちらが申し訳なく思う。

 だがマリアンヌがいくらそう訴えても、ラインハルトは耳を貸さなかった。牽制というのは相手がいてもいなくても関係ないらしい。

 マリアンヌもそのことはもう諦めている。周りの人間もこのことに関してはスルーを決め込んでいるので、問題がないと言えば問題がなかった。――いつもならば。

 だが昨日の今日なので、息子達とは大変顔を合わせづらい。


「はあ……」


 深いため息がマリアンヌの口からこぼれた。

 ついでに、身体はかなりだるい。


(結婚当初は若いしそういうものなのかもしれないと思ったけど、なんで未だに元気なんだ?)


 性欲過多の呪いでも掛けられているのかと、ラインハルトの元気さを疑いたくなった。


「ため息なんてついて、どうしたの?」


 満足げな様子のラインハルトはマリアンヌに問う。その身体を腕の中に引き寄せ、抱きしめた。にこにことマリアンヌの顔を覗き込む。その爽やかな感じにマリアンヌは軽くイラッとした。ラインハルトは終わった後のピロートークも大好きだ。たわいもない話をしながら、悪戯な手があちこち触れて来る。

 情欲の残り火を煽るようなことをした。


(まだやる気?)


 マリアンヌは呆れる。

 それに付き合うつもりはもちろん、ない。本当は疲れてこのまま寝たいくらいだ。だがその前に話をしたい。

 マリアンヌはラインハルトの手を掴んで、止めた。


「話し合いの途中でラインハルト様が連れ出すから、結局、問題は何一つ解決していないじゃないですか」


 文句を言う。唇を子供みたいに尖らせた。

 睨まれて、ラインハルトは笑う。そんな顔さえ愛おしいのだから、自分は相当だと思った。

 マリアンヌのことに関して、自分が普通ではないことは自覚している。

 初めて会った時から、欲しいと思った。

 それなりに可愛らしい顔立ちをしているが、取り立てて美人という訳ではない。容姿の美しさで言えば、もっと綺麗な女性はたくさんいた。王子であるラインハルトに会う時、大抵の女性はかなり気合を入れて化粧をする。自分が尤も美しいと本人が自負する姿で目の前に現れた。だが、化粧には流行というものがあるらしい。みんな似たような化粧をする。それぞれの元の顔立ちは違うだろうに、仕上がりは似たり寄ったりだ。それを見るたび、化粧でどうにでもなる顔立ちなんてあまり意味がないと思った。何より、自分が美しいと自負している大抵の女性より、自分の方が綺麗であることをラインハルトは知っていた。

 そんな中、マリアンヌは普通とは違った。女装したラインハルトを女だと信じ、友情を求めて来る。みんなが王子の妃に懸命になる中、一人だけ違う方向を向いていた。王子の妃になんてなったら苦労をするだけだから、田舎でのんびり自給自足の生活をするのが夢なのだと語る。それはただの夢ではなく、それを叶えるべき準備もしていた。

 マリアンヌはよくラインハルトのことをキラキラしている王子さまだと言うが、ラインハルトにはマリアンヌの方がキラキラして見えた。自分の目標をしっかりと見据え、それに向かって努力することを知っている。王子と結婚すれば幸せになれると、結婚=ゴールだと考えている令嬢達がほとんどの中で、マリアンヌは結婚がスタートで、そこからが始まりであることを理解していた。

 マリアンヌとなら、幸せになれるのではないかと直感する。

 そこに根拠なんてなかった。マリアンヌにはお妃様レースで初めて会う。年にも身分にも開きがあったので、婚約者候補にも挙がっていなかった。身辺調査なんてしていない。

 それでもマリアンヌに決めた。それ以外はいらないと思う。

 幸いなことにマリアンヌがルイスの従姉妹だということはすぐにわかった。大至急、身辺の調査をさせる。男爵令嬢だが、大公家の血が入っているので、なんとかなると思った。

 実際には予想以上に男爵令嬢ということに拘りがある連中が多くて閉口したが、強引に押し通す。ほかの女になんて興味が持てなかった。

 マリアンヌが手に入らないなら、誰もいらない。

 主のそんな性格をよく理解しているルイスがいろいろ動いてくれたようだ。

 お妃様レースは無事にマリアンヌの優勝で幕を閉じ、レースの結果だからと強引にマリアンヌと結婚する。

 最初に仕組んだのは国王なので、強く反対出来ないことはわかっていた。

 そういう意味では、お妃様レース様々だ。毎年その時期になるといろいろ思い出して、ラインハルトは気持ちが高揚する。その昂ぶりのままマリアンヌを求めるので、嫌がられた。それでも文句を言いつつ付き合ってくれるので、マリアンヌは甘いと思う。

 愛情を感じた。

 自分達にとってお妃様レースはいい思い出だが、そうでない連中も貴族の中には多い。あの時、苦い思いをした連中は少なくなかった。

 今回、アドリアンのためにお妃様レースを開こうとしたら、抵抗はかなりあるだろう。皆、それがただの余興ではなく、本当にお妃様が決まるレースだともう知っている。

 一回目のあの時は、国王の発案とは言え、本当にそれで妃が決まるのか貴族達は懐疑的だった。優勝者には妃になるのか賞金を受け取るのか、二つの選択肢がある。つまり、王家が望まない相手が優勝すれば圧力をかけ、賞金を選ばせるということも出来た。

 男爵令嬢であるマリアンヌが優勝した時、貴族達の多くはマリアンヌが賞金を選んでこの余興は終わるのだと予想していた。

 実際、マリアンヌはそうしようとしていた。妃になることではなく、賞金を選ぶ。もっといえばその賞金を捨ててでも、知り合ったばかりの令嬢たちの幸せを願った。

 とんだお人好しだが、あれはマリアンヌの本心だ。みんなに幸せになって欲しいと、それがどんなに甘い考えか自覚しながら、願ってしまう。

 だからこそ愛おしいし、だからこそお妃様レースを再び開くのは簡単なことではない。


「お妃様レースのことだけどね、あれをアドリアンのために開催するのは、正直、とても難しい」


 ラインハルトは告げる。

 翌年からのそれが平民の祭りになったのは、たまたまではない。貴族からはいろいろ反発があった。損得勘定で婚姻を決める貴族のやり方と、レースはあまりにそぐわない。


「レースなんてものでお妃様を決められると困ると思っている貴族はきっとマリアンヌが思っている以上に多い」


 ラインハルトの言葉に、マリアンヌは少し考える顔をした。


「そうですか。では、その貴族達を説得するところから考えましょう」


 マリアンヌはにこりと笑う。


「あきらめるつもりは……」


 ラインハルトの言葉に、被せるようにマリアンヌは口を開いた。


「ありません」


 首を横に振る。


「反対されて、そうですかとわたしが引き下がるとお思いですか?」


 マリアンヌはラインハルトに問うた。その顔はどこか生き生きとしている。


「……思わないよ」


 ラインハルトは苦く笑った。







以外と頑固で、反対されると燃えるタイプです。

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