使用人
使用人も大変です。
いつも評価、ブクマ、感想、ありがとうございます。お礼を言うタイミングがわからず、あれですが^^;
ラインハルトは妻の手を取ってそそくさと部屋を出て行った。
後に残されたのは3人の息子と、壁際の話が聞こえないような位置で待機していたアントンとメアリだった。
距離を取り、出来るだけ話を聞かないようにしていたが、もちろん全く聞こえないわけではない。
家族会議の内容は、アントンやメアリにもまったく関係のない話でもなかったので、自然と聞こえる分には聞いてもOKという判断をした。
本当に聞かれては不味い話の時は2人とも事前に部屋から追い出される。
「あれ、止めなくていいんですか?」
メアリはぼそっと隣に立つアントンに聞いた。
アントンとは離宮に二人が移り住んでからの付き合いだから、だいぶ長い。すでに気心は知れていた。
ただし、彼は未だにメアリが男性であることに気づいていない。
(まさか、こんなに長い間、騙し続けることになるなんて)
メアリ本人が現状に実は一番驚いていた。
女装などというある意味力技が通用するのは若い頃だけだと思っていた。成長すれば、どうしても無理が出る。
だが幸か不幸か、メアリは年を取ってもあまり見た目が変化しないタイプだった。美少女が美人に変わっただけで、女性として十分に通用する見た目を保っている。もちろん、それなりに努力もした。スキンケアは、面倒だと手を抜くマリアンヌよりずっとマメにやっていると思う。
そんな努力のかいがあってか、メアリは未だに男だとばれずにメイドとしてマリアンヌの側にいる。
付き合いの長いアントンでさえ、メアリの秘密には気づいていなかった。
今さらばれるのも怖い。
未だにマリアンヌを溺愛しているラインハルトに殺さねかねない。誰だって、自分の妻の側にずっといたメイドが男だったら、キレるだろう。
(こんなに長い間、ここにいることになるなん思わなかったな)
メアリはふと、自分が離宮のメイドに選ばれたときのことを思い出す。
一族のために女装してメイドとして仕事を始めてから1年ほど経った頃、ラインハルトが結婚することになった。
離宮に移り住むことになり、メアリはそのメイドとして抜擢される。料理人まで含めて、使用人は全部で6人。夫婦2人の生活を支えるのにそれが多いのか少ないのかは微妙なところだが、面子を見てメアリは国王の意図を察した。
執事のアントン以外、全員が一族の人間だ。護衛はもちろんだが、諜報も兼ねているのだろう。
国王は突然、王族の一員となることが決まった辺境地の男爵令嬢を信用してはいなかった。
本来であれば、ラインハルトの妃は王宮が厳選し、身辺調査を徹底的に行う。
そして不味いことが出てくれば即座に候補から外された。
しかし、例外的にお妃様レースなんてもので選ばれたマリアンヌの調査はあまり出来ていない。王宮側としては1年や2年の婚約期間を置くことを望んだ。それくらい時間があれば、十分な調査我出来る。しかし、ラインハルトが承知しなかった。とにかく結婚を急ぐ。
マリアンヌの気が変わることをラインハルトは恐れていた。早く自分のものにしてしまいたいと焦る。
王子はマリアンヌにベタ惚れで、周りの意見に耳を貸さなかった。
そんな息子の様子を国王が危惧するのも無理はない。ラインハルトは聡明で思慮深く、結婚して跡継ぎを作らない以外には問題のない王子だった。
その王子が人が変わったように結婚を急ぐ。何かあると考えるのは自然なことだろう。
マリアンヌに悪い噂が絶えないのにはそんな経緯もある。誰もが、悪い方向にマリアンヌの行動を解釈した。
メアリも、マリアンヌの化けの皮を剥ぐような気持ちで離宮への配属を受ける。
だが、実際のマリアンヌは表も裏もないそのままの人だった。
化けの皮を剥がされたのはこちらの方だ。男であることを即座に見破られ、その上で専属として選ばれる。
何を考えているのか理解できなかったが、途中で何も考えていないのだと気づいた。
マリアンヌには思惑なんて何もない。ただラインハルトに請われて、妻となっただけだ。
ラインハルトはマリアンヌを溺愛し、他の男に取られるのが不安で、さっさと自分のものにしたかっただけらしい。
蓋をあけてみればただのバカップルだ。
結婚当初、ラインハルトに愛されすぎて翌朝起き上がれなくなっているマリアンヌを何度も世話する。
世間では物静かで穏やかな人だと思われているラインハルトだが、実は獣だったらしい。愛しさが暴走すると止まらないようだ。
マリアンヌは困った顔をしながらも、そんな夫を受け止めている。
メアリはもちろん、それをそのまま国王に報告した。
話を聞いて、国王は呆れる。
引き続きマリアンヌの側で、マリアンヌを守りつつ、動向を報告するようにメアリは命じられた。
そうして、気づいたら20年近い歳月が流れている。
国王はもうマリアンヌに裏があるなんて疑ってはいない。だが、何をしでかすかわからないのが面白いようで、相変わらずマリアンヌの動向は報告させられていた。
「止めたら、恨まれて後が大変だろう。私はそんな損な役目を引き受けるつもりはないよ」
アントンとは職務を放棄する。
2人が仲良しなのは今に始まったことではない。夫婦の仲がよくて悪いことなんて、一つもない。
少なくとも、アントンはそう思うことにしていた。
実際、たくさん子供が生まれて王族は安泰だ。
すでに6人、ラインハルトには子供がいる。今さら、それが7人になったって支障はないだろう。
産むマリアンヌの身体的負担は気になるところだけれど。
「じゃあ、7人目が男か女かかけますか?」
メアリは冗談でそう言った。
「え?」
アントンは驚いた顔をする。
「まさか……」
マリアンヌの中にすでに新しい命が芽吹いているのかと、焦った。
「違います」
メアリは即座に否定する。
「そういう兆候はありませんし、さすがにこれ以上は身体がもたないって本人も言っています」
首を横に振った。
「そうか」
アントンはほっとする。
「さすがにマリアンヌ様の年齢を考えると、これ以上は心配だ」
ラインハルトより10歳近く年上のマリアンヌはもういい年だ。初産ではないにしろ、身体への負担は相当なものになるだろう。
「まあ、今日できないという保証はないですが」
メアリは苦笑する。
「そうだな」
ため息の吐くようにアントンは頷いた。
実はアントンはメアリに惚れていて未だに独身ですが、メアリが男だなんて疑いもしていません。そんなアントンに本当のことが言えず、メアリは誘われそうになると上手に交わしています。そんな必要のない裏設定があります。




