相談
続いています。お妃様レース。
マリアンヌの言葉に、その場はしんと静まり返った。
夫であるラインハルトでさえ、黙り込む。
マリアンヌがラインハルトと結婚するきっかけとなったお妃様レースはその後も実は続いていた。愛情より家の利益で結婚が決まる貴族の催しとしてはいろいろ弊害が出るので、比較的しがらみの少ない平民のイベントとして継続される。
何かと立場の弱い女性が、自分から告白して恋人を得ることが出来る唯一のイベントとして、毎年の恒例行事になっていた。
イベントは3日かけて行われ、その3日間は多いに王都は盛り上がる。
平民のイベントなのでアドリアンたちには関係がないが、どんな祭より盛り上がるので、王宮の中にもその賑わいは届いていた。自分達の両親の結婚に深く関わりがあることもあり、子供達には関心もある。
「しかし……」
予想外のマリアンヌの言葉に衝撃を受けていたラインハルトは、それから立ち直ると渋い顔をした。
「自分がそのレースでマリアンヌと出会って結婚した身で言い難いが、それはあまりに無謀ではないだろうか?」
疑問を呈する。
「どうしてですか?」
マリアンヌは聞いた。
「親としての立場から言うと、どんな令嬢が集まるのかわからないのが不安だ。将来の王妃は誰でもいいというわけではない」
ラインハルトは反対する。
父がそんなことを言うとは思っていなかった息子達はちょっと驚いた。
(その言い方だとまるで……)
オーレリアンは心の中で呟く。
「その言い方だと、ラインハルト様は男爵令嬢であるわたしを娶ったことを後悔しているように聞こえますわね」
同じことをマリアンヌは言葉にした。
「そんなわけはないだろう」
ラインハルトはやれやれという顔をする。
「マリアンヌと結婚したことを後悔したことなんて一度もない。いろいろ気苦労は多いが、それを差し引いてもあまりある幸せをマリアンヌはくれた。可愛い子供たちを6人も与えてくれたし、毎日が楽しく新鮮だ。マリアンヌと知り合ってから、私は人生に一日も退屈したことなんてない。毎朝、マリアンヌの隣で目覚めてその寝顔を見ていると幸せを感じるし、隣で寝ているマリアンヌが自分のものだと思うと、いろんな意味で滾るよ」
真顔で惚気だした父に、3人の息子は困惑した。
両親の仲が良すぎて、居たたまれない。
エイドリアンはつい、朝から母に欲情して襲ってしまう父を想像してしまった。
何とも気まずい。
だが、そんなことを想像したのは自分だけではないらしい。母も顔を赤くしていた。
朝から仲良くしていることを暴露されたようなものなので、恥ずかしそうに震えている。
(可愛い人だな)
自分の母親だが、そう思った。
マリアンは決して、美貌の持ち主ではない。それなりに顔立ちは整ってはいるが、わりと普通だ。全体的にキラキラしている王族の中では地味で目立たない。王族の中でも飛びぬけて美しい顔立ちをしている父と並ぶとどうしても見劣りするし、実際、2人を不釣合いだと評する声は少なくない。だが、メロメロなのは父の方だ。母を溺愛している。
母はおそらく、父と出会わなくてもそれなりに楽しく暮らしていただろう。母は働くことを厭わない人だ。何処でもそれなりに上手くやれる。
だがたぶん、父は母でなければ駄目だったのだ。母がいるから、今の父がいる。皇太子として、仕事も出来て人格者としても尊敬されている父を支えているのは間違いなく母だ。
「息子達の前で何を言い出すの?」
恥ずかしさから立ち直ったマリアンヌはラインハルトを睨んだ。
「事実しか言っていないよ」
父は飄々と言い返す。
恥ずかしがる母が可愛いようで、でれでれしていた。
(私達は何を見せられているのだ?)
オーレリアンは心の中で突っ込む。
さっきまでの、剣呑とした空気はもう何処にもなかった。
「とりあえず、この話は保留にしよう」
ラインハルトはそう言う。
「えっ……」
マリアンヌは戸惑う顔をした。
「私達はこの件に関して、2人でじっくり話し合うべきだろう。息子達と相談するのはそれからだ」
ラインハルトは尤もそうに言うが、息子達にはそれはマリアンヌと早く2人きりになりたいための口実のように聞こえた。
真偽は定かではないが、息子として両親の仲が良いのを邪魔するつもりはない。
「わかりました。では、この件は後日ということにしましょう」
オーレリアンは兄弟を代表して、同意する。
ラインハルトはそんな息子に満足な顔で頷いた。
「では、行こうか? マリアンヌ」
妻に手を差し出す。
「え?」
マリアンヌは戸惑う顔をした。
だがその手を掴み、ラインハルトは強引に部屋から連れ出す。自分達の寝室に向かったようだ。
「あれ、話し合いになるのか?」
アドリアンがぼそっと呟く。
「さあ?」
オーレリアンは首を傾げた。
両親が仲良しであることを確認して終わった話し合い。←ダメじゃん><




