提案
怒られることになれていません。
アドリアンはマリアンヌの怒りに触れて戸惑った。
母に怒られたことはあまり記憶にない。
マリアンヌはああ見えて理性的な人た。感情のまま怒りをぶつけてくることはない。怒るより諭すタイプだ。
マリアンヌは見た目以上に人として老成している。前世の記憶を引き継いでいる分、人格が出来上がっていた。
アドリアン自身も叱られるような悪戯をした覚えはない。いつも一緒にいるオーレリアンが子供っぽい悪戯を嫌がるので、自然とそういうことはしなくなった。
親からしたら手のかからないいい子であったことを自覚している。
だから、怒られることになれていなかった。
本気で怒っている母を見て、どうしたらいいのかわからなくなる。
思わず、黙り込んでしまった。
そんなアドリアンをオーレリアンは庇おうとする。
「母様、それは……」
口を開いた。
そんなオーレリアンをマリアンヌは睨む。
「オーレリアン」
静かな声が名前を呼んだ。
「わたしはあなたにも怒っていますよ」
淡々と事実を告げる。
「すみません」
オーレリアンは謝った。
「貴方は社交が出来ないわけではありませんよね?」
マリアンヌは責める。
王族として何度も転生を繰り返しているオーレリアンに社交が出来ないはずはない。好きではないとしても、苦手ではないはずだ。
社交をしたくないアドリアンに付き合ったのだろう。しかし、それが正しいとはマリアンヌには思えない。
「あなた達が社交を面倒だと思う気持ちはわかります。でも面倒だと思うのが放棄する理由にならないことはわかっていますよね? 王族として生まれたからには最低限の果たすべき義務があります」
マリアンヌの声は落ち着いていた。感情が昂ぶって発した言葉ではない。だがその分、重かった。
アドリアンもオーレリアンも返す言葉がない。
「王族の義務とはなんですか?」
マリアンヌは2人に問うた。
黙ったまま、反省しているなんてそんな甘いことを許すつもりはない。
反省を口に出して言葉にさせようとした。
言霊と言うものをマリアンヌは信じている。口に出した言葉は人を縛る力があると感じていた。
「良き施政者になることです」
アドリアンは答える。民のために良き王になりたいとアドリアンは思っていた。
「それともう一つ、子孫繁栄です。そもそもこの国では、直系の男子が生まれなければ王になる資格がありません」
マリアンヌの目はちらりとオーレリアンに向けられる。その決まりを作ったのは、前々世のオーレリアンだ。
オーレリアンはキュッと唇を噛み締める。
自分が決めたシステムが間違っているとは思っていない。しかし、少しだけ厄介だと今は感じていた。
「良き施政者になるためには、まず後継者である息子を持つ必要があるのです」
マリアンヌは諭すようにアドリアンを見る。
「そのためにあなた達を社交に連れ出しているのですよ。妻を娶り、子を成すのは王族としての義務です。その相手を、出来ればあなた達が気に入った中から選びたいと思っていました。そんな親心はあなた達には全く伝わらないんですね」
ため息を吐いた。
「母様……」
オーレリアンが申し訳ない顔をする。
「でも、単純に気に入った相手を選べるわけではありませんよね? 例え気に入っても、家柄とかそのバックボーンとかで無理なこともあるではないですか」
アドリアンは反論する。拗ねたような顔をした。
アドリアンだって、最初から社交を放棄したわけではない。最初の年はいろいろ考えた。だが、考えれば考えるほど選ぶのは難しくなる。家柄は高ければいいということではなかった。実家の勢力が強すぎるのは困る。親や兄弟が野心家なのも厄介だ。そういうのをいろいろ考えていくと、結局、誰も残らない。
下手に選べないなら、もういっそ全員に等しく冷たくするのがいいのではないかと開き直ってしまった。
「確かに、気に入った相手なら誰でもいいとはいえません。実際に選ぶのは大変難しいことです。でも、そうやってあなたが社交を放棄した結果がこれです。エイドリアンは普通に社交をしただけなのに、貴族達の支持を集めました。この結果が不味いことは自覚していますよね?」
マリアンヌは真っ直ぐアドリアンの目を見つめた。
「……はい」
アドリアンは頷く。状況が不味いことは理解していた。
「エイドリアンに貴族の支持が集まり、次の皇太子にはエイドリアンを……なんて声が上がるのは困るのです」
マリアンヌは渋い顔をする。エイドリアンが王位継承問題に巻き込まれることを危惧した。
「わたしはエイドリアンには王位継承問題なんて面倒なものに巻きこまれず、普通に幸せになって欲しいのです。好きな相手が見つかったら、その相手と添い遂げられるように応援したいと思っています。でもそのためにはまず、アドリアンに結婚して息子を持ってもらわなければなりません。エイドリアンより下の子達は、貴方が結婚して子供を持った後でしか結婚させることは出来ませんから」
マリアンヌは意味深な顔する。
何か考えているなと、ラインハルトは察した。夫婦としてもう20年近く一緒にいる。妻が何か企んでいることはだいたいわかった。
「それはつまり、私にさっさと結婚しろと言っているのですか?」
アドリアンは確認する。
「そうですよ。貴方はもう19歳。王族であれば結婚して子供を持っていても可笑しくない年です」
マリアンヌは頷いた。
「いきなりそんなことを言われても……」
アドリアンは困る。
「相手の心当たりなんてないでしょうね」
マリアンヌは苦く笑った。
「だから、お妃様レースを行いましょう」
にこりと笑う。マリアンヌは唐突に提案した。
お妃様レースは実は庶民の娯楽として続いています。




