悩み
本人に嫁選びするつもりは全くないのです。
社交の季節が始まって一週間。やっと半分終わったとマリアンヌは一息吐いた。
僅か一週間で、一年分の疲れを覚える。
「疲れた」
マリアンヌは愚痴った。
ベッドにうつ伏す。
風呂上り、寝室でようやく一息ついた。
そんなマリアンヌの腰をラインハルトが揉む。マッサージした。
「毎日、お疲れさま」
労う。
パーティのドレスはコルセットでガチガチに締める。脱いでも、身体はぎしぎしいっていた。
連日のパーティは身体的にも苦行に近い。
(コルセットが必要ないドレスとか考案するべきかしら?)
毎年、社交の期間はそう思う。だがそれが未だに実現しないのは、その期間が終わるとどうでも良くなってしまうからだ。ドレスを考えたり作ったりするのは案外、時間がかかる。
揉み解され、マリアンヌは気持ちよくなってきた。そのまま眠りに落ちかける。しかし、ラインハルトの手が怪しい動きを始めた。いやらしく身体を撫でられる。
「ラインハルト様……」
咎めるように、マリアンヌは名前を呼んだ。気持ちよく眠れそうだったのに、眠気が覚めてしまった。
「仲良くしましょう」
ラインハルトは誘う。すっかりその気になっていた。背中から、多い被さるように抱きついてくる。硬いものが尻に当たった。
「そんな気力、残っていません」
マリアンヌは断る。
精神的にも肉体的にも、疲れ果てていた。
社交界には明確なルールがある。
上位の者から声を掛けられない限り、下位の者は上位の人間に話しかけてはならなかった。
そのルールは最初に誰もが教わる。
それを適用すると、マリアンヌは自分から話しかけない限り、誰とも話をしなくてすむことになる。
だが、実際にはそうはならなかった。
ルールには例外がある。
すでに上位の者と言葉を交わした者が他者を紹介する場合は下位の者からでも話しかけてOKだ。
マリアンヌの場合、招待を受けた主催者にはマナーとして挨拶に行く。するとその主催者が次々に妙齢の令嬢がいる貴族を紹介してくれた。
一通り、令嬢達の自慢話を聞かされることになる。
だがその話はどれもこれも似たり寄ったりだ。優劣のつけようがない。
(刺繍が上手いとか楽器が出来るとか。そんなの王妃の素養には全く関係がないと思うのよね)
マリアンヌはそう思った。だが、それを口に出すわけにはいかない。
たいていの令嬢の特技はそんなものだ。
逆に言えば、令嬢たちはそんなことしかやらせてもらえない。特技なんて他に作りようがなかった。
正直、誰を選ぶにしても決め手に欠ける。
マリアンヌは悩んでいた。真剣に嫁選びを頑張っている。
しかし、当の本人達は妙に暢気だ。パーティに出ても、他人事で、ただ飲み食いをしている。
誰かと交流を持つわけでもなかった。ただ、2人でいる。
年頃の令嬢達は少し離れたところで声を掛けられるのを待っていた。しかし、アドリアン達にそんなつもりはさらさらない。
社交界のルールを上手に利用して、二人でまったりしていた。
(あんな息子たちでごめんなさい)
心の中でマリアンヌは令嬢達に謝る。申し訳ない気持ちになった。
2人の息子を睨む。しかし気づいているのかいないのか、息子達は全くマリアンヌの方を見なかった。
そしてストレスがマリアンヌに溜まっていく。
「はあぁ……」
いろいろ思い出し、マリアンヌは深いため息を漏らした。
そんなマリアンヌの項にラインハルトは唇を寄せた。チュウと吸う。
「気持ちのいいことをすれば、気も少しは晴れるよ」
そんなことを言った。
ラインハルトの手が胸に伸びる。軽く揉んだ。
「んっ……」
マリアンヌは小さな声を漏らす。感じていた。
しかし、ラインハルトの手を掴んで止める。
「本当に無理。そんな気力、欠片も残っていない」
首を横に振った。
さすがにそれ以上は、ラインハルトも迫らない。手を引いた。
マリアンヌの隣に横たわる。
その顔は少し拗ねているように見えた。
「社交が終わったら、仲良くしましょうね」
マリアンヌは宥めるようにラインハルトに囁く。
「じゃあ、キスだけ」
ラインハルトはそう言うと、マリアンヌの頬に手を添える。何度もキスをした。
それはもちろん、触れるだけなんて可愛いものではない。
だがそれを幸せだと思っている自分もいる。
「アドリアンにもオーレリアンにも、幸せになってもらいたいんだけど」
マリアンヌはぼやく。
母として、悩みは尽きなかった。
顔を出せば義理が果たせるので、アドリアンとオーレリアンは外せないやつだけ参加しています。




