帰宅
ようやく帰れます。
(この狸じじいっ)
わたしは心の中で叫んだ。
人の良さそうな顔をしている国王を見る。
婚約は無事に成立したが、わたしは敗北感でいっぱいだ。
向こうが一枚上手だったことは認めざる得ない。
(人が良さそうに見えても、一国の主ってことね)
渋い顔をしているわたしをにこにこと楽しげに国王は見ていた。
食えない人だなと思う。
この人と家族になるのはなかなか大変そうだ。
そんな国王との面会が終わり、わたしはそそくさと帰る。
いろいろやることがあるのだとルイスに文句を言われたが、振り切って大公家に戻った。
数日振りに会うルークとユーリが飛びつくように迎えてくれる。
二人の可愛さをわたしは存分に堪能した。
シエルにもただいまを言う。
そして翌日、わたしは父の待つ田舎へ帰った。
シエルとアークを連れて戻る。
当然、行きと同じく三日かかった。
父は首を長くしてわたしたちを待っていてくれる。
出迎えてくれた父の顔を見たら、涙が出そうになった。
いろいろありすぎて、とても長い間、留守にしたように感じた。
「ただいま。お父様」
思わず、父に抱きつく。
父は何も言わず、背中を撫でてくれた。
いろいろ聞きたいことがあるだろうに、何も聞かない。
「疲れただろう。今日はゆっくりやすみなさい」
ただそう言ってくれた。
家に帰るアークを見送って、わたしとシエルも家に入る。
話したいことも話さなければならないこともたくさんあった。
しかし、今日はその話をしたくない。
父にそう話すと、後でゆっくり話をしようと言われた。
いつもと同じように夕食を食べて、自分の部屋に戻る。
数日振りの自分の部屋はすでに懐かしい気がした。
この家を出て嫁にいくのかと思うと、嫌になる。
(今さら、結婚はなかったことに……なんて無理よね)
わたしは苦く笑った。
これがマリッジブルーというものなのかもしれない。
気が重くなった。
「はあぁぁぁ」
大きなため息がこぼれる。
今日はもう何も考えず、寝てしまおうと思った。
翌日、目が覚めたのは昼近かった。
久しぶりに畑の様子を見に行こうと思ったのに、起きられなかったらしい。
日が高く上っているのを見て、わたしはがっかりした。
だが、焦る必要はない。
時間はまたたっぷりある。
「おはよう、お父様」
父に挨拶に行った。
いろいろ話さなければいけないことがある。
父と話をするつもりでいた。
だが、わたしの目論みは外れる。
思いもしない人が父と一緒にいた。
「……」
彼らを見て、わたしは固まる。
一瞬、幻を見ているのかと思った。
何故、ここにいるのかわからない。
わたしは眉をしかめた。
「何故、ここにいるんですか?」
二人に尋ねる。
居間で父と話をしていたのはラインハルトとルイスだった。
そして気のせいでなければ、外がずいぶんと騒がしい。
子供の声が聞こえた。
「義理の父に挨拶に伺うのは普通のことでしょう?」
にこやかにラインハルトに返される。
(それはまずわたしに連絡することてすよね?)
わたしは心の中で突っ込んだ。
困った顔でラインハルトを見る。
「父が驚くので、連絡してから来てください」
ルイスに文句を言った。
連絡を取るのはルイスの仕事だ。
「もちろん、連絡しましたよ」
ルイスに言い返される。
「そうなんですか?」
わたしは父を見た。
「ああ。昨日、マリーたちが帰ってくる前に連絡が来ていた。後で話そうと思っていたんだが、言いそびれてしまったよ。すまなかったね」
謝られてしまう。
「いえ。わたしが寝てしまって起きなかったのが悪いので」
わたしは反省する。
話す機会を作れなかったのは、わたしのせいだ。
父は悪くない。
「ところで、庭の方から賑やかな声が聞こえてくるのですが、気のせいでしょうか?」
もしかしてと思いながら聞いた。
シエルの姿が見えないことも気になっている。
「ああ。ルークとユーリだ。どうしても遊びに行くと言い張ったのでアルフレットが連れてきた」
ルイスが説明した。
アルフレットも来ているらしい。
子供たちはともかく、アルフレットの仕事は大丈夫なのか心配になった。
「アルフレット様はいつ仕事をしているのですか?」
ルイスに聞く。
つい先日もわたしのために休んだばかりだ。
「それは大丈夫だろう。今回は仕事だから」
ルイスはさらりと大事なことを言った。
「え? それはどういう意味ですか?」
わたしは不安を覚える。
なにやら面倒なことになっている気がした。
「アルフレットは第二王子の付き添いで来ている」
まさかと思ったことをルイスは口にした。
(意味がわからない)
心の中でわたしはぼやく。
「つまり、マルクス様も来ているんですか?」
確認した。
「ああ」
ルイスは頷く。
「何故なのか聞いてもいいですか?」
ルイスに尋ねた。
「先日、畑や庭の話をしたのだろう? それで、見てみたくなったらしい。ラインハルト様がランスローに行くことを知って、それなら自分も同行すると言い出した」
ルイスも困った顔をする。
さすがにそれは想定外だったらしい。
そして、それはわたしのせいだと言いたげにこちらを見た。
(いやいや、それはわたしのせいではないでしょう。確かに、話の流れで一度いらしてくださいと誘ったような気もしないではないけど。そこは社交辞令と取るでしょう、普通)
わたしはため息を一つ、つく。
マルクスに畑や庭を見せるのは嫌ではない。
別の日だったら、むしろ歓迎した。
ラインハルトと話すより、マルクスと話す方が共通の話題がある分、実は簡単だ。
だが、今日は勘弁して欲しい。
「……」
わたしは冷めた目でルイスとラインハルトを見た。
「わたし、久々に家に帰ってのんびりするつもりだったんです。せめて、もう二・三日後に来るとか出来なかったのですか?」
恨み言を並べる。
わたしの要望は当然のものだろう。
わたしにだって、家族水入らずの時間を過ごす権利はあるはずだ。
「それはすまない」
ラインハルトは素直に謝った。
「マリアンヌが家に帰ったら、王都に戻るのが嫌になるような気がして、つい……」
心配だったのだと、訴えられる。
「そんなこと……」
ないと言えないのがわたしも気まずかった。
実際、昨日はちらっとそんなことを考えてしまった。
わたしは黙り込む。
「あるのか」
ラインハルトは呆れた顔をした。
「ないですよ」
わたしは否定する。
だがどうにも嘘っぽかった。
「とにかく、せっかくいらしてくれたんだからご案内したらどうだ?」
父に勧められる。
「……そうします」
わたしは頷いた。
のんびりとはできないようです。




