緊張
この世界、社交界にデビューしたら婚姻も可能です。
パーティが始まる数時間前、エイドリアンははじめてのパーティに緊張していた。
社交界にデビューするということは一人前として認められるということだ。結婚も可能になる。
自分の人生はここから決まるようなものだ。そう思うと、昼から食が進まない。
こういう時、自分はしみじみ普通の人間だと実感した。
兄達が緊張している姿なんて、見た覚えがない。2人はどんな時も何があっても平気そうな顔をしていた。
それが本当に平気なのか、ただ強がっているだけなのかはわからない。だが、それが兄達の矜持なのだと思う。
小さくため息をついた弟に、隣の椅子に座っていたオーレリアンは気づいた。
「どうかしたのか?」
声をかける。
「兄上」
エイドリアンは微妙な顔をした。
「今日の夜のことを考えると、なんか、緊張して……」
食が進まないことを打ち明ける。
「エイドリアンは真面目だな」
オーレリアンは微笑んだ。
思わず、頭を撫でようと手を伸ばす。だが、躊躇した。もうそんな年ではないのではないだろう。
そんな兄の気遣いにエイドリアンは気づいた。小さく笑う。
「撫でてもいいですよ」
そう言った。
オーレリアンもふっと笑う。
「そうか」
頷いて、エイドリアンの頭を撫でた。
ほのぼのとした空気が2人の間に流れる。
「何、いちゃついているんだ?」
アドリアンは不満な顔をする。弟相手に妬いた。
そんな兄にエイドリアンは驚く。目を丸くした。
「……」
不自然に黙り込む。
「なんだよ。言いたいことがあるなら、言え」
アドリアンは子供みたいに口を尖らした。
「言いたいことというか……」
エイドリアンは苦く笑う。
「子供の頃、兄上達は何でも出来て無敵だと思っていたんです」
打ち明けた。
「間違っていないな。そのとおりだろう?」
アドリアンは真顔で頷く。同意を求めた。
それがとてもらしくて、エイドリアンは笑みを漏らす。
「でもここ数年、それは違うなと感じています」
囁いた。
「がっかりしたか?」
アドリアンは聞く。少しばかり不安な顔をした。
そんな顔を見ると、エイドリアンは安心する。大切に思われている、愛されているとわかった。
「いえ。以前よりもっと大好きになりました」
微笑む。
「!!」
アドリアンは驚いた。それが次の瞬間、嬉しそうに頬が緩む。
喜ばれて、エイドリアンも嬉しくなった。
2人の兄のことを、エイドリアンはとても遠い存在に感じていた。
何でも出来る2人は、何も苦労なんてしていないように見える。だが、そんなことがあるわけがない。悩みのない人間なんていないだろう。出来る人間には出来る人間の悩みがあるものだ。
自分はそんな兄たちの苦労を知らずにいただけだと気づく。
兄達も自分とさして変わりなく思えた。
アドリアンはちょっと子供っぽいところがある。オーレリアンはそんなアドリアンをさりげなくフォローしていた。
アドリアンはそのことに気づいている。わかっていて、甘えて、頼った。オーレリアンを独占するのが楽しいらしい。
2人は弟のエイドリアンから見ても親密で、とても間に入っていけそうになかった。
(2人が結婚するのは難しいのかもしれない)
そう思う。そしてそれは自分に関係がないことではないと気づいた。
2人のどちらかが結婚し、王子が生まれるまで自分が結婚するのは難しいだろう。
パーティで上手く立ち回ろうと、考える以前の問題だ。自分の結婚には大きな障害がある。
この大問題に比べたら、社交界デビューなんてたいしたことがない気がしてきた。
緊張感はある意味、なくなる。
だがそれは喜ばしいことではなかった。
兄達より先に結婚し、うっかり息子が生まれたらとてもややこしいことになるので、エイドリアンの結婚は後回しになります。




