娘自慢
後回しにしてもやってきます。
無事に出産を終えた翌年、マリアンヌは面倒な社交と向き合うことになった。
「はあぁ……」
深いため息を漏らす。
山のような招待状の束を横目でちらりと見た。
「去年より、増えていない?」
ラインハルトにぼやく。
週末、マリアンヌはラインハルトに捕まった。届いていた招待状の処理をしれっと後回しにしていることがばれる。
今日中に返事をすることになった。
ラインハルトの監視つきで、招待状を開封する。
(アントンめ~)
告げ口した執事を恨んだ。
だが、マリアンヌだって放置したままではいられないことはわかっている。
一つ一つ、中身を確認した。
見事に全部、年頃の娘がいる貴族達からのパーティやお茶会への招待だ。
「全部に行くのは無理だから、出られるのと無理なのを分けるところから始めろってことよね」
そう言いながら、わたしは日付ごとに招待状を並べた。
今までは、招待される数が少なかったので気にしなかったが、パーティの日付はけっこう被る。
社交の期間は2週間ほどだ。その間に、みな、何かしらを催す。お茶会にするのかパーティにするのかは自由だ。爵位の低い家はお茶会で、高い家はパーティを選ぶ傾向があるように感じる。予算の関係もあるのかもしれない。
2週間しかないので、当然、同じ日に何箇所かでお茶会とパーティは開かれる。同じ派閥の人とは日付が被らないように注意するようだが、他の派閥までは気にしないのだろう。誰とも被らないなんて無理だから、そこは割り切っているようだ。
招待状見ていると、人間関係が透けて見えてくる。
わたしはちょっと楽しくなった。
そんなわたしを不思議そうにラインハルトは見る。
「何をしているんですか?」
机いっぱいに並べた招待状をとんとんと指で指し示した。
「日付ごとに並べているんですよ。一日に行けるのは昼間のお茶会が一つ、夜のパーティが一つくらいでしょう?」
わたしは答える。連日、その二つをはしごするのだと思うと、気が重い。
毎年、こんな面倒なのを繰り返している貴族達にある意味、感心した。
「日付で選ぶんですか? 普通は爵位が上の方から選ぶんですよ」
ラインハルトは教える。
日付ごとに決めようとしているわたしを苦く笑った。
「じゃあ、同じ日に開催されるものの中から、爵位が一番高い家を選びます」
わたしは答える。指針が決まって、助かった。とても選びやすくなる。
「……まあ、そういう考え方も有りですかね」
ラインハルトは小さく首を傾げた。いまいち腑に落ちないようだが、反対はしない。
その後、ラインハルトに相談しながら、マリアンヌはさくさくと出席する招待状を選んでいった。
そして当日、マリアンヌは最初のお茶会に出席していた。
(ほぼ、知らない人だな)
心の中でそう思う。彼女達の夫と会うことはあっても、妻である彼女達と話をする機会はほとんどない。この国の女性はあまり公の場に出てこなかった。
(娘も同伴して連れて来ているなんて、露骨過ぎる)
母と娘が並んで座っているので、人数が多い。みんな気合を入れて着飾っていた。
少し微笑ましい気持ちになる。一生懸命なのは、嫌いじゃない。
開始早々、主催者の夫人が娘の自慢話を始めた。そこから母親達の自慢合戦が始まる。
(アピールしていることを隠すつもりもないのね)
ある意味、わかりやすくて清々しかった。
とりあえず、娘自慢を聞いておく。
自分にも1人娘がいるが、将来、自分もこういう風に娘を売り込まなければいけないのかと思うと、少し気が重くなった。
だが、気持ちはわかる。
この国では女の子の将来は結婚相手次第だ。
いい夫を見つけることが出来れば、娘も家も安泰だと思うのだろう。
(家の子たちはいい子だけど、いい夫になれるとは限らないんだよね)
むしろ、悪いほうの部類だと母親として思っている。少なくてもアドリアンに、妻との間に愛ある家庭を築くつもりは感じられなかった。子供を産んでくれる存在が必要だから妃を娶るという考えなのが伝わってくる。
そんな息子の嫁に人様の大事な娘を頂くのはとても申し訳なかった。
娘の自慢をされればされるほど、そんな大事な娘さんを頂くわけにはいきませんと思う。
(他にきっと、娘さんに相応しい相手がいますよ)
心の中で、何回もそう断った。
申し訳なさ過ぎて、選べません。




