閑話: 帰宅
こんな日常。
ラインハルトは仕事を終え、帰る支度をしていた。息子達が来るのを待つ。アドリアンとオーレリアンは国王の側近としての仕事を終えると、隣の父の執務室に顔を出すことになっていた。
3人で一緒に離宮に戻る。
「過保護じゃないですか?」
ルイスは微妙な顔をした。
「たいした距離でもないのに、一緒に帰る必要もないでしょう」
苦く笑う。
皇太子であるラインハルトには王宮内の移動でも、常に護衛の騎士がついている。だが、アドリアンとオーレリアンには付いていなかった。今の2人の立場は国王の側近で、早い話が職員だ。護衛がつくわけがない。
それをラインハルトは心配していた。自分と一緒なら護衛がいるので、出来るだけ行き帰りは一緒にしている。
「一緒に帰るのはそれだけが理由ではないよ」
ラインハルトは首を横に振った。
「出迎える方も、一度に済ませられたら楽だろう? それに、こういう時間しかアドリアンやオーレリアンとゆっくり話す機会はない。あの子たちは何かあっても私ではなくマリアンヌに相談するんだ。父親なんて、家庭の中では案外立場がないものなんだよ」
哀愁を顔に浮かべる。
「そんなものですか?」
ルイスはたいして興味がない顔で流す。実際、そんな話はどうでもいいと思っていた。
「ルイスも結婚してみればわかるよ」
ラインハルトは勧めた。
「遠慮します」
ルイスは即答する。
「家に帰ってまで、誰かの機嫌を取らなければいけない生活なんて真っ平です」
うんざりした顔でラインハルトを見た。
ちくちくと突き刺さるものをラインハルトは感じる。
「それは、仕事で私の機嫌を取っているという意味かな?」
にこやかな笑顔で確認した。
「そう聞こえましたか?」
ルイスも爽やかな笑顔で応戦する。
「後ろ暗いことがあると、そう聞こえるのかもしれませんね」
そんなことを言った。
ラインハルトは口元をひくつかせる。
トントントン。
そこにノックが響いた。
「どうぞ」
ラインハルトが促すと、扉が開いてアドリアンしオーレリアンが顔を出す。
「父上……」
何かを言いかけて、止めた。
ラインハルトとルイスの間になにやら不穏な空気を感じる。
「何かあったのですか?」
アドリアンが尋ねた。
隣で、オーレリアンは驚いた顔をする。この空気の中、しれっとそんな質問が出来るアドリアンは勇者だと思った。自分なら何も見なかったことにする。
「いいえ、何も」
答えたのはルイスだ。
にこやかに2人を見る。
アドリアンとオーレリアンは互いの顔を見た。小さく首を傾げあう。
「帰宅の用意は出来ていますから、連れて行ってくれてかまいませんよ」
ルイスはちらりとラインハルトを見た。
ラインハルトは席を立つ。
「帰ろう」
息子達を促した。
「大丈夫ですか?」
オーレリアンは心配する。
ちらりとルイスを見た。
ルイスはただ穏やかな笑みを湛えている。
「ケンカしていたわけじゃない」
ラインハルトは苦笑した。
「お気をつけて」
その背中に、ルイスは声をかける。
ラインハルトはそれに片手を上げて応えた。
言いたいことが言える関係です。




