閑話: 体調不良
忘れそうになりますが妊婦です。
6人目の出産ということもあり、マリアンヌはすっかり慣れたつもりでいた。自分が妊婦であることを顧みず、少し無理をする。その無理は本当に少しだ。
だがその少しが積み重なって、ある日、どかんと来る。
急に具合が悪くなった。
貧血を起こして、くらくらする。
「……気持ちが悪い」
青ざめた顔で呟いた。
朝食を終え夫と2人の息子を送り出した後、子供達の様子を乳母と共に見ていた。
エイドリアンは家庭教師と共に勉強中で、下の2人は子供部屋で遊んでいる。
騒ぎにならないよう、メアリにだけ合図を送った。
気づいたメアリがさっと寄ってくる。青ざめた顔を見て、体調が悪いことに気づいたようだ。マリアンヌの身体を支える。
「大丈夫ですか?」
小声で聞いた。
「部屋で休むわ」
マリアンヌは答える。
メアリは乳母にだけ耳打ちして、マリアンヌを寝室に連れて行った。
ドレスを脱がせ、マリアンヌを寝かせる。
「大丈夫ですか?」
もう一度、メアリは尋ねた。
「ただの貧血よ」
マリアンヌは答える。
「少し休んだら平気」
無理に笑おうとした。
急な体調変化にマリアンヌ自身、戸惑っている。
基本的に普段は元気なので、たまに油断してしまうことがあった。
自分が元気であることを過信してしまう。
(妊婦だということを忘れていたわ)
マリアンヌは反省する。
今回の妊娠は悪阻もほぼなかった。今までで一番楽だったので、ついいつも通りに行動してしまう。
(悪阻が楽でも妊婦に変わりあるわけがなかった)
そんなことを考えていると、トントントンと寝室のドアがノックされた。
「入ってもよろしいですか?」
アントンの声が響く。乳母から話が伝わったらしい。
「どうぞ」
マリアンヌは応えた。
「失礼します」
アントンは中に入ってくる。横になっているマリアンヌを見て、心配な顔をした。
「具合はいかがでしょう? 旦那様に連絡はどのようにいたしましょう?」
マリアンヌが体調を崩したことを、ラインハルトに知らせるべきかどうかアントンは悩んでいた。マリアンヌの様子次第で判断しようと確認に来る。
「たいしたことないので、知らせなくて大丈夫。それより、子供達のことをお願い」
頼んだ。
「メアリも」
看護のために側にいようとするメアリを見る。
「わたしは……」
メアリはマリアンヌについていたかった。だが、マリアンヌが心置きなく休めるために、どうすればいいのかはわかっている。
子供達のことを心配することなく休めるほうがいいに決まっていた。
「代わりのメイドを呼びます」
アントンは言う。マリアンヌに付き添う人間は必要だ。
「お願い」
マリアンヌは素直に甘える。
子供が増えるのに伴って、離宮のメイドの数も増えていた。
人手はある。
アントンとメアリが部屋を出て行き、代わりに付き添いのメイドがやってきた。
マリアンヌは目を閉じる。
そのまま眠りに落ちた。具合は少し落ち着いている。青ざめた顔には少し血の気が戻っていた。
次に目を覚ました時、部屋の中には産婆のおばあさんがいた。
マリアンヌが寝ている間に、医者と産婆が呼ばれたらしい。医者は寝ているマリアンヌを診察し、貧血だと診断した。疲れがたまっているだけのようだと告げる。産婆のおばあさんもそれに同意した。
医者は直ぐに帰ったが、産婆のおばあさんは残る。
マリアンヌが目を覚ますのを待っていた。
「お説教は聞かなくてもわかっているので大丈夫です」
マリアンヌは言われる前に口を開く。
「無理をしてすみません。自分が妊婦だということを忘れていました」
言い訳した。
「普通は、自分が妊婦だということを忘れないですよ」
お婆さんは呆れた顔をする。
(ソウデスヨネー)
マリアンヌは心の中で相槌を打った。
「でもまあ、マリアンヌ様ならありそうですね」
そんなことを言われて、マリアンヌは苦笑する。変な方向に信頼があるようだ。
「二・三日は安静にしていなさい」
おばあさんは叱る。
「はい」
マリアンヌは素直に頷いた。
元気なつもりでもそうでもないです。




