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その他大勢のわたしの平穏無事な貴族生活  作者: みらい さつき
第二部 第三章 面倒な王族
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宣誓

話し合いは大切です。





 翌朝、わたしは白々と空が明け始めたくらいの時間に起きた。

 着替えて、部屋を出る。

 とある場所に向かった。

 わたしの予想通りなら、そこにある人がいると思う。

 予想と違わぬ姿をその場所に発見した。

 しゃがんで、土を弄っている。

 わたしはにんまりと笑った。


「おはようございます」


 声を掛けて、近づく。

 隣に並んでしゃがんだ。


「……」


 その人は一瞬、驚いたように身体を震わせる。

 振り返ってわたしを見た。

 だが驚いたのは一瞬だけで、直ぐに平静を取り戻す。

 慌てた様子を見せないのは、さすがだ。


(狸だな)


 化かすのが得意そうなイメージでそう思う。

 実際、見た目もちょっと狸っぽい。


「マルクスか?」


 そう聞かれた。


「はい。マルクス様です」


 わたしは頷く。


「この時間にここに来ればいいことがあるよと教えてくださいました」


 正直に話した。

 昨日、私は第二王子のお茶の誘いを辞退した。

 そのまま庭で別れようとしたら、呼び止められる。

 こっそり、時間と場所を囁かれた。

 わたしが驚いた顔をすると、マルクスはにこっと笑う。

 いいことがあるよと付け加えた。

 確信はなかったが、その場所に行けば国王に会えるのではないかとわたしは思った。

 このことはルイスにもラインハルトにも話していない。

 なんとなく、マルクスが内緒の話を教えてくれたような気がしたのだ。

 黙って、ここに来る。


「朝早く、わしがここにいることはマルクスしか知らぬ。ずいぶん、マルクスと仲良くなったのじゃな」


 含みのある言い方をされて、わたしは笑った。


「マルクス様がそういう方でないことは、国王様が誰よりご存知だと思います」


 言い返す。

 国王は黙って、ため息を一つついた。


「それで、わしに何の用じゃ?」


 問われる。


「わたしを気に入らない理由を聞きに来ました」


 わたしは答えた。

 ずばり聞く。


「聞いてどうする?」


 国王は尋ねた。


「聞いてから考えます。改善できることなら改善するし、改善出来るようなことでなければ……。どうしましょうね。ラインハルト様と相談することにしましょうか」


 わたしは淡々と答える。

 国王はちらりとわたしを見た。


「なるほど。確かに変わった娘だな」


 納得する。

 わたしは苦く笑った。

 どんな話が耳に届いているのか、確かめるのが怖い。


「変わった娘ですいません」


 わたしは素直に謝った。

 自分が変わっている自覚はちゃんとある。


「それで、どこか気に入らないのか教えていただけますか?」


 わたしはもう一度、聞いた。


「ラインハルトの母親が第三王妃だということは知っているか?」


 唐突に質問される。


「はい。知っています」


 わたしは頷いた。

 第一王子の母親が第一王妃、第二王子の母親が第二王妃と王子を産んだ順に順位がついている。

 わかりやすいと、王家の系譜を勉強した時に思った。


「ラインハルトの母はわしが最初に妻に選んだ女だ。わしは他に妻を持たず、あれとだけ添い遂げるつもりでいた」


 国王の恋バナが始まる。


(早朝におじさんと庭で恋バナって、なんてシュール)


 わたしは笑いそうになった。

 だが、国王はえらく真面目な顔をしている。

 とても笑える雰囲気ではなかった。


「だが、妻は身体が弱くてな。なかなか子供に恵まれなんだ。この国では王位を継ぐためには跡継ぎになる息子がいることが絶対条件だ。周りから王子を産めと矢のように催促されて、妻はとうとう心身ともに衰弱して臥せってしまった。仕方なく、わしは他の妻を娶った。それが第一王子の母親だ。直ぐにもう一人妃をと周囲に懇願され、第二王妃も娶ることになった。結局、わしが愛した女は第三王妃として、もっとも弱い立場に追いやられてしまった」


 国王は深く深く息を吐く。


「わしは今でも思うのじゃ。もし、最初から三人の妃を娶っていたら。妻はあんなに気を病み、臥せることも無かったのかもしれない。一人しか妃がいなかったばかりに、全ての期待と重責が妻に集中し、結果的に苦しませてしまったのではないかと」


 苦虫を噛み潰したような顔をした。

 そこまで聞いて、国王がわたしのどこが気に入らないのかわかった。


「わたしが他に妃を娶ることを嫌がっていると聞いたのですね」


 わたしの言葉を国王は否定も肯定もしない。

 だが今の話を聞いたら、それが理由としか思えなかった。

 自分の時と同じことが起こることを国王は心配している。


 わたしは内心、戦いていた。

 その話をしたのは一回だけだ。

 しかもそこにはルイスとラインハルトしかいなかった。

 それなのに、国王の耳に届いている。


(盗聴器があるのか、お庭番みたいなものがいるのか)


 わたしは考えられる可能性を思い浮かべた。

 どちらにしろ、国王はかなりの情報通らしい。

 王子たちの動向も日常的に把握していると考えて良さそうだ。


(王宮、怖い)


 わたしは小さく身震いする。

 気を抜ける場所なんてどこにもないように思えた。


「わしはな、とにかくラインハルトが可愛い。なんとしても次の国王はラインハルトに譲りたいと思っている」


 国王はわたしを見た。


「そのためには、なんとしても王子を産む妃が必要だということですね。そしてその妃は多ければ多いほどいいと考えている」


 わたしは国王が言いたいことを代わりに口にした。


「そうだ」


 国王は頷く。


「女は子供を産むための道具なんですね」


 今度はわたしがため息をついた。

 さすがにそれは寂しい。

 仕方ないことはよくわかっていた。

 権力の継承は大切な問題だ。

 それを第一に考えるのが王族の務めだといわれたら何も言い返せない。


「わたしは結婚して、必ず王子を産みますなんて約束は出来ません。それは人間の領域を越えた、神様の采配でしょう。でも、自信が無いから他にも妃を娶って子供を産んでもらってくださいとは絶対に言いません。そんなの、寂しいじゃないですか。わたしは欲張りなんです。夫を誰かと共有するなんて、耐えられる気がしません」


 わたしは言い切った。


(話し合って妥協点を探すつもりが、余計に拗らせてしまったかもしれない)


 後悔が胸を過ぎる。

 だが、嘘もつきたくなかった。


「夫を共有するのが嫌なら、マルクスはどうだ?」


 国王から予想外のお勧めが来た。


「え?」


 わたしは目を丸くする。


「マルクス様はお妃様がいますよね?」


 首を傾げた。


「マルクスと妃は気が合わなくてな。別れることが決まっている。どのタイミングでの離婚がいいのか、その時期を妃が選んでいるそうだ」


 王室のスキャンダルを思いがけず教えられ、わたしは反応に困る。


「マルクスとは気が合うようだし、年の頃もラインハルトとよりは釣り合うだろう。王族に嫁ぐことには変わりはないし、マルクスとの結婚なら直ぐにも認めてやるぞ」


 国王の言葉に、わたしは噴出してしまった。

 斜め上過ぎて、笑えてくる。


「わたし、王族になりたいなんて一回も思ったことないですよ」


 お断りした。

 考えるまでもない。

 前世の記憶が持つわたしはフランス革命で王の一家が斬首されたことを知っている。

 自分がその王族になるのだ。

 嬉しいより、怖い。

 革命が起きないよう、良い施政者にならなければという悲愴な覚悟を持っていた。


「ラインハルトのどこがいいんだ?」


 国王に聞かれる。

 その質問は正直、一番困った。


「どこでしょうねぇ……」


 考える。

 だが、特に思い当たることはない。


(本当に、どこがいいんだろう?)


 自分でも不思議に思った。

 それなのに今、わたしはラインハルトと結婚するために頑張っている。


「正直、わかりません。わからないけど、結婚のために頑張れるくらいは好きなようです」


 わたしの言葉に、国王はやれやれという顔をした。


「そういう時は、誠実な人柄に惹かれましたとでも言っておきなさい」


 注意される。


「次回から、そうします」


 わたしは約束した。

 今後、誰かに聞かれたらぜひ使わせてもらおう。


「さて、話をしていたらすっかり時間が経ってしまった。そろそろ部屋に戻らねば、いないことがばれてしまう」


 国王はそんなことを言った。

 どうやら、内緒で抜け出していたらしい。


「邪魔して、すみませんでした」


 わたしは謝った。


「まあ、いい。その内、手伝ってもらうことにしよう。庭弄りは得意なのだろう?」


 問われて、私はまたドキッとする。

 そんなことまで知られているらしい。


(お庭番の方かな)


 そんなことを考えた。


「いいですけど、花より野菜の方が得意なので。その内、野菜を植えさせてください」


 わたしの返事を聞いて、国王は声をあげて笑った。






 その日の夕方、わたしはラインハルトと共に国王に面会することになった。

 昼過ぎに、ルイスからその話を聞かされる。


(会ってくれるんだ)


 正直、ちょっと驚いた。

 散々好き勝手なことを言ったので、難しいと思っていた。

 わたしと国王の考え方は根本的にすれ違っている。

 二人とも、譲るつもりはないのは明らかだ。


(どういうことかしら?)


 考えていると、ルイスにじっと見つめられた。


「なんですか?」


 問う。


「何かしたのか?」


 ルイスは疑いの眼差しでわたしを見た。


「なんでそう思うんですか?」


 わたしは尋ねる。


「二人に会うという連絡は国王の方から入った」


 ルイスは答える。

 わたしは朝の話を打ち明けるべきかどうか迷った。

 そして、言わないと決める。

 話せば、あの場に王がいたことがルイスに知られる。

 あの場所のことを知っているのは、マルクスと国王だけのようだ。

 それなら、わたしも口を噤むべきだろう。


「何もしていません」


 わたしは否定した。

 だがルイスは信じていないようだ。


「まあ、いい」


 軽く流す。

 わたしも追及されないなら、それでいいと思った。

 王に会えることが決まって、ほっとする。

 これで家に帰れると思った。


「早く家に帰りたい」


 呟いたら、ルイスに呆れた顔をされた。






 国王との面談は形式的なものだった。

 台本があって、やり取りが決まっている。

 その通りに質疑応答を進めると、宣誓したことになるようだ。


(なるほど。会うだけで承認ってこういう意味か)


 わたしは納得する。

 発言は台本にあることしか許されない。

 わたしはとりあえず、はいと頷けば良かった。

 やり取りは形式どおりに進み、面会は5分とかからず終わりそうになる。


(会うまでは長かったのに、会えばあっという間に終わるのね)


 心の中で呟いていると、最後の最後で国王は爆弾を投げてきた。

 台本にないことを言い出す。


「結婚した後、三年以内にマリアンヌが王子を産まなければ、ラインハルトは妃を二人、新に娶ること」


 婚姻の条件が箇条書きになった中に、しれっとそれを付け加えてきた。

 もちろん、台本にそんな文言はない。


(力技で来たな)


 そう思った。

 だがこの場でわたしが言えるのは「はい」しない。

 言葉を変えて、宣誓をぶち壊すわけにはいかなかった。


「……はい」


 渋々、わたしは返事をする。

 国王がしてやったりという顔をした。

 それがなんとも悔しい。


「ではこの場をもって、ラインハルトとマリアンヌの婚約を正式に認める」


 王の間に響き渡る声を聞いてもわたしは複雑な気分だった。




わかり合えたのかはちょっと謎です。

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