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母の憂鬱

子育ては思い通りにはいきません。





 エイドリアンには兄弟がたくさんいる。

 同腹の兄弟が5人もいるというのはとても珍しかった。もう少ししたらさらに1人増え、6人になる。

 それだけいると、母も乳母も手が廻らなかった。

 1人に1人乳母をつければいいのだろうが、母はそれを嫌がる。兄弟の間に無駄な競争が生まれることを危惧した。

 母の言い分にも一理あることが最近になってわかる。

 アドリアンとオーレリアンが寄宿学校から戻って来て祖父の側近として働くようになってから、エイドリアンの周りはなんだか騒がしくなった。

 2人の兄にはつけ入る隙がないと気づいた貴族達が、自分に矛先を向けてくるのを感じる。

 兄達より御しやすいと思われていることはわかっていた。


 2人の兄は最初から特別だ。

 アドリアンは世界の中心にいる人だと思う。誰もを魅了した。

明るく快活でなんでも出来る。

 驚くほど記憶力も良かった。

 それに輪をかけて優秀なのがオーレリアンだ。

 いつもアドリアンの陰で一歩引いているが、何でも知っている。気遣いもさりげなく出来る人だ。


 2人のうちどちらかが父の跡を継いで皇太子になるだろう。

 自分にその立場が廻ってくることはないことをエイドリアンは昔から自覚していた。


 2人の兄は母とよくひそひそと内緒話をしていた。

 子供の頃、夜中にふと目を覚ますと3人でエイドリアンにはわからない話をしている。

 そんな時は兄達をとても遠くに感じた。

 母にとって兄達は特別なのだと、幼いながらも理解する。

 自分はそうなれないことはわかっていた。


 母は子供達を平等に扱おうとした。全ての子供達に同じように愛そうと努める。だが、平等になんて出来るわけがない。

 母が平等に愛そうとすればするほど、そうでないことがわかってしまった。


(わかっている。母様が悪いんじゃない)


 自分にそう言い聞かせても、エイドリアンはもやもやするものを感じる。

 なんとなく、母から距離を取った。






 マリアンヌは少なからず、悩んでいた。


「最近、エイドリアンが冷たいんです」


 ラインハルトに訴える。


「え?」


 唐突な言葉に、ラインハルトは戸惑った。

 マリアンヌの腰に回そうとしていた手が止まる。

 ラインハルトは久々に、夫婦でいちゃつこうと思っていた。このところ、ばたばたしていて夫婦の時間が取れていない。

 そのことを寂しく思っていた

 2人で並んで寝室のカウチに座りながら、マリアンヌに悪戯しようと思っていた。


「気のせいじゃないのか?」


 思わず、ラインハルトは呟く。

 エイドリアンはまだ9歳だ。反抗期にはまだ早い。


「気のせいだったらいいんですけどね」


 マリアンヌはため息をついた。


「何か気になることがあったのか?」


 ラインハルトは問う。


「気になるというか……。距離を取られている気がして」


 マリアンヌは苦く笑った。

 アドリアンとオーレリアンが寄宿学校を卒業して戻ってきたことで、マリアンヌはなんとなく忙しくなった。

 あれこれと手を打つことが出てくる。

 その上、下の2人の子供たちはやたらと手がかかった。何故毎日こんなにもケンカが出来るのかと思うくらい、些細なことでいつも揉めている。妙なライバル心が2人の間にはあるようだ。年が近いせいかもしれない。

 アドリアンやオーレリアンはもちろん、その2人を見て育ったエイドリアンは他人と争ったり揉めたりすることがない手のかからない子供だった。それが普通のように感じていたから、毎日ケンカしているちびっ子達をマリアンヌはちょっと持て余している。子育ての大変さを今頃実感していた。

 そんなわけで手のかかる下の2人やいろいろある上の2人のことで、最近のマリアンヌは手一杯だ。

 真ん中のエイドリアンのことはどうしても放置気味になる。

 聞き分けのいい良い子なので、つい、後まわしにしてしまった。

 それに気づいてマリアンヌは歩み寄ろうとする。しかし、今度はエイドリアンの方が一歩引いた。

 微妙な距離感を息子との間に感じている。

 そのことをつらつらとラインハルトに説明した。


「元々エイドリアンにはちょっと後ろめたい気持ちがあるの」


 マリアンヌは打ち明ける。

 思いもしない言葉に、ラインハルトは驚いた。


「どういう意味だ?」


 首を傾げる。


「アドリアンとオーレリアンはシエルやラインハルト様に似ているから華やかな容姿で王族っぽいオーラがあるでしょう? でもエイドリアンはどちらかというとわたしに似たので地味なのよね。それが申し訳なくて。もっと華やかな容姿に産んであげたかった」


 真顔でマリアンヌは答えた。

 エイドリアンは他の子達に比べて、地味で目立たない。性格が大人しいこともあり、影が薄かった。


「そんなに地味でもないだろう?」


 ラインハルトはそんな風に思ったことがない。確かに兄弟達の中では一番マリアンヌに似ていると思うが、そこがラインハルトとしては愛おしかった。自分とマリアンヌの子だと確かに感じられて好ましい。

 それを説明した。


「そんな物好き、ラインハルト様だけですよ」


 マリアンヌは微妙な顔をする。

 ラインハルトは微笑んだ。


「全て一人で背負う必要なんてないんじゃないか?」


 囁く。


「マリアンヌが距離を感じるというなら、その分、私がエイドリアンとの距離を詰めよう。2人で子供達とちょうどいい距離を探せればいいんじゃないか?」


 そんなことを言う。

 マリアンヌは感動した。思わず、ラインハルトに抱きつく。


「大好きです」


 独り言のように呟いた。


「奇遇だね。私もだよ」


 ラインハルトはちょっと照れた顔をする。マリアンヌを抱きしめ返した。










基本、バカップルです。

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