閑話: 帰る家
それはもう王宮ではありませんでした。
アークはマルクスを出迎えた。
年に数回、マルクスは王都に戻る。王族として、どうしても外せない用事があるからだ。建国祭もその一つで、毎年、面倒くさいと文句を言いながら、マルクスは王都へ行く。
そして沢山土産を持って帰ってくる。
「今回はどうでした?」
荷物を受け取りながら、アークは聞いた。毎回、おなじことを問う。
「いつも通り……、でもなかったか」
マルクスは疲れた顔で椅子に座った。
こじんまりとした家に豪奢なソファなんてない。木の椅子にクッションが敷いてあるだけだ。
だがそこに座ると、マルクスは一番安らぐ。
家に帰ってきたという気になった。もはや自分にとって、帰る場所は生まれ育った王宮ではなく、このランスローの小さな家だ。
およそ王族に相応しくない、平民の家だとしてもこじんまりとしたこの家にマルクスは愛着を感じている。
何より、ここにはアークがいた。
アークと一緒にいると、マルクスは何の気も張らずに自然体でいられる。
「何かあったんですか?」
アークは心配な顔をする。
その心配が誰に向けられているか、マルクスは知っていた。少し妬ける。
「アークにとっての一番はいつまで経ってもマリアンヌなんだな」
マルクスは拗ねた顔をした。
もう10年以上、一緒に暮らしている。その関係は主と使用人を超えてはいないが、アークのことは家族だと思っていた。
これからも側にいて欲しいし、アークを自分のものにしておきたい。
それがだだの独占欲なのかなんなのか自分でもわからないが、そんな風に思う相手はアークだけだ。
「マルクス様のことは側に居て、手の届くところで守れますから何も心配していません。でもマリアンヌ様は何もしてあげられない遠くに居ますからね。心配くらいしますよ」
アークは優しく笑った。
「そういうのをスパダリと言うそうだぞ」
マルクスは呟く。
「なんですか、そのスパダリって?」
アークは首を傾げた。
「私も知らない。ただマリアンヌが、アークは相変わらずスパダリですねって嬉しそうに笑っていた」
マルクスは教える。王都に戻れば、マリアンヌと会う機会もある。そんな時、話題に出るのはアークのことだ。元気にしているのか、毎回、聞かれる。マリアンヌにとって、アークは弟同然のようだ。いつも気にしている。
「よくわからないけど、褒め言葉のようですね」
アークは嬉しそうな顔をした。
そんなアークがマルクスはちょっと面白くない。子供みたいに頬を膨らませ、口を尖らせた。
そんなマルクスにアークは苦笑する。
「ところで、いつも通りではないというのはどういう意味ですか?」
話を元に戻した。
「たいしたことではないと言えばないのだが……。歴代の国王の肖像画が展示してあった」
マルクスは答える。
「それは建国祭らしくていいですね」
アークは微笑む。国の誕生を祝うのに相応しいと思った。
「そうだな。その肖像画の中に賢王のもあって、それがアドリアンに似ていると噂になっていたよ」
事実だけを淡々とマルクスは語る。
「それは偶然……な訳がないですよね?」
アークは呟いた。
「そんな偶然、私は信じないよ」
マルクスは頷く。
「マリアンヌが何を考えているのかは知らないが、何かは考えているのだろうね」
遠くを見た。
「それは、マルクス様を危うくすると思いますか?」
アークは真剣に聞く。マルクスを心配した。そんな反応が返ってくるとは思わなかったので、マルクスは戸惑う。
「心配してくれるのか」
少し嬉しそうな顔をした。
仲良く暮らしています。




