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閑話: 悪女

やったことだけみれば悪女です。





 マリアンヌは悪女である。

 男爵令嬢でありながら、王子の妃になった。

 本来なら、男爵令嬢が第一妃になるなんてありえない。だがそのありえないことを彼女はやってのけた。

 そして夫を皇太子にするため、王子の2人の兄を王宮から追い出す。

 1人は東の方へ、もう1人は西の方へ。辺境の地に追いやった。

 それから王子を産み、彼女は目論みどおりに皇太子妃に成り上がる。いずれ、王妃になることも決まっていた。






 王宮で祖父の側近になってから、アドリアンとオーレリアンはちらちらと遠巻きに見られていた。

 物言いたげな視線は感じるが、実際に何か言ってくる人間はいない。

 皇太子の息子で国王の孫という立場を考えたら、言いたいことも言えないのは当然だろう。

 だがいい加減、ちらちら見られるのも鬱陶しくなってきた。

 適当に誰か捕まえて、何が言いたいのか確認しようとアドリアンは決める。

 同い年くらいの、王宮で働き始めて日が浅そうな少年を見つけたので捕まえた。


「ちらちら、ちらちら、何の用?」


 アドリアンは問う。


「いえ、別に」


 相手は首を横に振った。


「言いたいことがあるなら、言えよ」


 アドリアンは凄む。

 綺麗な顔はこういう時、妙な迫力があった。

 それを見て、相手は苦笑する。


「そういうところ、マリアンヌ様の息子なんですね」


 そんなことを言った。


「どういう意味だ?」


 アドリアンは首を傾げる。何を言いたいのかまったくわからなかった。

 そして、母が悪女だと噂されていることを知る。


「……」


 アドリアンは唖然とした。とんでもない誤解だ。だが、事実でもある。

 その話に嘘は一つもなかった。


「お前達には母が権力に執着する女に見えるんだな」


 実像とはあまりにかけ離れた虚像に、怒るより呆れる。

 人は見たいものを見たいようにしか見ないと言った母の言葉を思い出した。

 確かに、事実なんてどうにでも作り替えられる。

 そんなアドリアンの反応に、相手も戸惑う顔をした。

 思っていたのと違う。


「あれほど権力に執着のない人が、世間ではそんな風に見られているのだから、人の話とは本当にあてにならないものだな」


 アドリアンはしみじみと呟く。人の話は話半分でちょうどいいのかもしれない。


「どういう意味ですか?」


 相手の方が今度はきょとんとした。


「いや、別に」


 アドリアンは答えない。ある意味、興味を失った。


「もう行っていい。引き留めて悪かったな」


 謝った。少年を解放する。


「あの……」


 少年は控え目に呼びかけた。

 だが、アドリアンはさっさと背を向けて歩き出している。振り返ることはなかった。






 アドリアンはオーレリアンを捕まえ、母が悪女と呼ばれていることを話した。


「知っていました」


 オーレリアンは呟く。少しばかり気まずい顔をした。


「オーレリアンが知っていて、どうして私が知らないのだ?」


 アドリアンは不満な顔をする。


「こういうやりとりが面倒だから」


 オーレリアンはぼそっと答えた。


「私を面倒だと思っているのか?」


 アドリアンは傷ついた顔をする。

 オーレリアンは困った。


「アドリアンは余計なことを知らなくてもいいと思っただけだよ」


 言い訳する。


「嫌な事もみんな記憶してしまうだろう?」


 その言葉に、気遣われた意味を知った。


「ああ、そういうことか」


 納得する。


「でも、他人から聞くくらいならオーレリアンに聞きたい」


 アドリアンは訴えた。


「そうだな。今後はちゃんと話すよ」


 オーレリアンは約束する。


「ちなみに、このことを母様は何て言っているのだ?」


 アドリアンは問う。オーレリアンならそういう話を母としていると思った。


「全く気にしていなかったよ。事実だから、否定できないと笑っていた」


 オーレリアンの言葉に、ひどくらしいとアドリアンは思う。母はそういう人だ。


「まあ、悪女の息子だと思われているから、言動に気をつけろとは言われたかな」


 思い出したように付け加えた言葉を、ちょっと後ろめたいところがあるアドリアンは聞かなかった事にした。







悪女の息子っぽいことをした自覚があります。

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