良き王
国王は気になっています。
ラインハルトは父王にお茶に招かれた。
何の話か聞かなくてもわかるので、招待を受ける。もっとも、よほどの事情がない限り父とはいえ国王の招待を断るのは難しかった。
ラインハルトはお茶の準備が整えられた国王の私室に足を踏み入れる。
ソファに父と向かい合って座った。
目の前で丁寧に淹れられるお茶を眺める。
(そういえばマリアンヌが、仕事の途中にがっつりお茶の時間を取る意味がわからないと昔困惑していたな)
そんなこと思い出して、小さく笑った。
「どうした?」
その笑みを誤解したのか、国王は尋ねる。
「いいえ、何も。ちょっと昔のことを思い出しただけです」
答えるつもりはないので、言葉を濁した。マリアンヌの話を出すと脱線するだろう。
「そうか」
国王も追求はしなかった。
紅茶の良い香りが漂い、2人の前にカップが置かれる。
静かに頭を下げ、メイドは部屋を出て行った。室内には国王とラインハルトの2人だけが残される。
2人はお茶を一口飲んだ。
ほっと一息つく。
「何を考えている」
静かに、国王は尋ねた。
「特別なことは何も」
ラインハルトは答える。
「あの肖像画を見て、民がどう思うか考えないわけではないだろう?」
国王はすばり聞いた。
「そうですね」
ラインハルトは頷く。
「アドリアンを賢王の生まれ変わりだと、思うかもしれませんね」
答えた。
「それが目的か」
国王はため息をつく。
「アドリアンにすると決めたのだな?」
確認した。
こんなに早い段階で、息子夫婦が決断するとは思わなかった。2人はまだ12歳だ。これからどう成長するのか、まだ注意深く見守る年だろう。決断するのは、どう考えても早い。
「私達はそのつもりですが、そう上手く転がるとは限りません」
ラインハルトはゆっくりと首を横に振った。
「おそらく、マリアンヌはどちらでもいいと思っているのでしょうね」
小さく笑う。
「あの肖像画を見て人々がどう思うのか、むしろ、その反応を知りたいのかもしれません。アドリアンを賢王の生まれ変わりだと人々が思うならそれでいいし、そう思わないのならそれでも構わない。民の反応がそのまま転生会の反応だろうと、考えているのかもしれません」
ラインハルトの言葉に、国王は微妙な顔をした。
「そんな曖昧なことでいいのか?」
困ったように眉をしかめる。
「マリアンヌの考えなんて、私には読めませんよ。妻は私とは違う物事の考え方をする。柔軟で自由で、優しい。誰も傷つかず、誰も苦しい思いをしなければいいと動きます。そんな都合のいい話、ないことを知りながら」
ラインハルトは呟いた。
「そう思うなら、止めればいい」
国王は苦く笑う。
「止めたって、止める人ではないでしょう? そして大抵の場合、マリアンヌは何とかしてしまうのです」
ラインハルトは肩を竦めた。
「私の仕事はマリアンヌがどうしようもなく困った時、助ける力をつけておくことだけです」
だから、皇太子にもなった。
マリアンヌに出会わなければ、結婚もしなかったし、王位を継ぐつもりもなかった。力を必要だと欲したことはない。
2人の兄はそれなりに有能で、どちらでも王は務まりそうだ。それなら、王位を継ぐのは兄でもいいはずだ。
だがマリアンヌと出会って、気が変わる。
マリアンヌは危うかった。その異質さはどうしても目立つ。守るには力が必要になる時があるだろう。
それには王位を継ぐのが一番いいと思った。
「たった1人の女のために王位を求めるのか。愚かだな」
国王はため息を吐く。
「そうですね。男としては愚かでも、王としては愚かではないように努めます」
ラインハルトは真面目な顔で父を見た。
「王として愚かでないなら、それでいい」
国王は納得する。どんな理由であれ、良き王となってくれるなら満足だった。
民のために良き王なら王位を求める理由なんてどうでもいいのです。




