愛され無双
執着されている方の2人です。
オーレリアンは翌朝、眠そうな顔をしているマリアンヌを見かけた。
「ふわぁ」
小さな欠伸を噛み殺している。
「眠そうですね」
そんな母に寄って行った。朝の挨拶をする。
頬にチュッと触れるだけのキスをすると、ちらっと胸元が見えた。妊娠中でいつもより胸が大きくなっているため、胸元が広く開いていた。
「キスマークが見えます」
ぼそっと教える。
母は基本、離宮からは出ない。弟妹達の面倒を見ているので、意外と忙しかった。
だが、どこで誰と会うかわからない。気づいていないなら教えておいた方がいいだろう。
黙っていて、後で恥ずかしい思いをするのは母だ。
「えっ?」
母はバッと自分の胸元を見る。隠れ切れていないキスマークに眉をしかめた。
「仲良しですね」
オーレリアンはからかう。
「仲良くなかったら、6人も子供を産むことにはならないわよ」
母は苦笑した。
「ラインハルト様のそういうところ、アドリアンが受け継いでいる気がするの。気をつけてね」
心配そうにオーレリアンを見る。
(この人は何処まで知っているのだろう?)
ふと、オーレリアンは疑問に思った。
敏い母のことだ、自分とアドリアンの関係が普通の範疇を越えていることはとっくに気づいているだろう。
だがそれに関して、止められたことも意見を言われたこともない。
放任主義だという見方もあるが、母に関してそれはない。母はがっつり子供に関わる人だ。子供の意思を尊重するのと、放置するのは違うと知っている。
「それはどういう意味ですか?」
オーレリアンは尋ねた。
「気をつけろの意味?」
マリアンヌは確認する。
「はい」
オーレリアンは頷いた。
「アドリアンの執着がオーレリアンに向けられている間は、他の人が巻き込まれることがないのでわたしとしては安心しているの。王子に執着され、それをかわせる人はこの国にはいないから。でも同時に、オーレリアンが苦労しているのではないかとも心配しているわ」
母として、2人とも大切なのだとマリアンヌは伝える。
「母様は私とアドリアンの関係がどんなものだと思っているのですか?」
オーレリアンは聞きたくても聞けなかったことを口にした。
「そうね……。家族以上で恋人未満かしら?」
マリアンヌは答える。真っ直ぐな瞳がオーレリアンを見つめた。
「だいたい合っています」
オーレリアンは頷く。
「アドリアンはオーレリアンを好き過ぎるわ。でも、その愛情が他人に向けられるよりはオーレリアンに向いている方がいいと思ってしまうの。愛する相手を間違えたら、深すぎる愛は破滅へと繋がる。けれどオーレリアンなら、その心配はないわ。ただ……。それがオーレリアンの幸せなのかどうかはわたしにはわからない。自分の都合で貴方を犠牲にしているのではないかと、時々、不安になるわ」
マリアンヌの手はオーレリアンの頬に触れた。いつの間にか、自分とあまり身長が変わらなくなった息子を見つめる。
小さかった子供はみるみる成長していった。寄宿学校に入ってたまにしか会えなくなってからはさらにその成長を感じる。そう遠くない未来、自分より背が高くなった息子は手の届かないところに行ってしまいそうだ。それがマリアンヌは怖い。
いつまでも小さな息子のままでいて欲しいと、出来ないことを願ってしまう。
「大丈夫です。アドリアンの執着が嫌だったら、なんとしても逃げますから。そのくらいのことは、私には造作ないのです」
オーレリアンは母を安心させるよう、微笑んだ。
アドリアンに執着されているのに気づいたのは、かなり小さな頃だ。その前から、やたらキスを求めたり、舌を入れてくることを不思議には思っていた。だがそれが、母が直ぐ下の弟・エイドリアンを身篭ったことで顕著になる。他にも兄弟が生まれるということに、アドリアンは不安定になった。普通は母親を取られたくないと思うのだろうが、アドリアンの場合は違った。オーレリアンに自分以外の兄弟が出来ることを嫌がる。オーレリアンと血をわけた兄弟は自分以外には存在して欲しくないと思ったようだ。
普通なら、息子のそんな状態に母は直ぐに気づいただろう。しかしその頃、母は悪阻が重くて苦しんでいた。2回目の出産なのに、一回目より苦労する。ほとんど横になっていた。息子の小さな変化に気づける余裕があるわけがない。
そこでオーレリアンが動いた。アドリアンだけが特別で、他の誰もそこにとって替わることは出来ないことを、態度で、言葉で示す。全てを記憶するアドリアンに、それはとても有効だった。
不安定になった精神は落ち着き、アドリアンのオーレリアンへの執着はますます深まる。
オーレリアンが自分のものであると思うことで、アドリアンの精神は安定した。オーレリアンはアドリアンが求めることに全て応え、受け入れる。そしてさらにアドリアンはそんなオーレリアンに溺れた。
今の状況を作り出したのは、自分かもしれないとオーレリアンは思う。
だが、アドリアンの執着はどこか心地よくもあった。
王族として転生を繰り返しているオーレリアンにとって、愛は打算だ。下心なく、愛を口にした相手をオーレリアンは知らない。何度生まれ変わっても、愛された記憶はあまりない。母に愛され、父に愛され、兄弟に愛され。そんな家族に恵まれたのは今回が初めてだ。特にアドリアンは無条件で自分を愛し、必要としている。
正直、自分の何をそこまでアドリアンが愛しているのか、オーレリアンには理解できなかった。
特別なことが何かあったわけではない。赤ん坊の頃からアドリアンには愛されていた。ベビーベッドで隣に寝ていると、アドリアンが手を握ってくる。放っておくと、その手をペロペロと舐められた。アドリアンは自分の指をしゃぶる代わりに、オーレリアンの指をしゃぶる。顔を舐められるのもよくあった。アドリアンの執着はそんな頃から始まっていたのかもしれない。
そしてそれを嫌だと感じたことは不思議と一度もなかった。
「あんなに私を愛してくれる存在は、何度も生まれ変わっても出会えなかった。アドリアンの執着は確かにちょっと行き過ぎたところもあるし、重いけれど。それ以上に私には心地よいのです」
オーレリアンの言葉に、マリアンヌは安心する。
「わたしは他の誰がなんと言っても、アドリアンとオーレリアンが幸せならそれでいいのです。あなた達2人にはいろいろ背負わせてしまうのですもの。それ以外の部分で、多少好き勝手しても罰は当たらないと思うわ」
マリアンヌの言葉をとても母らしいとオーレリアンは思った。自分もアドリアンも愛されているのだと感じる。
その愛に応えるように、オーレリアンは綺麗な笑みを浮かべた。
オーレリアンはオーレリアンでちょっと欠けた人なのです。




