閑話:双子(前)
ちょっとだけ話が脇道にそれます。
当たり前の話かもしないが、なんでも覚えていても胎児の頃の記憶はさすがにない。
記憶の中にある最初の光景は、自分を覗きこむ両親の顔でも乳母の顔でもなく、隣で眠るオーレリアンの顔だ。
おそらく、目が見えるようになって程なくのことだろう。
(可愛い)
ぷくぷくした赤ん坊特有のふくよかさが可愛くて手を伸ばした。寝ている頬に触れると、オーレリアンが目を覚ます。
真ん丸い青い目がぱちりと開いて、自分を見た。
(ああ、こいつだ)
その瞬間、アドリアンは気づく。
自分の隣に自分ではない自分の存在をいつも感じていた。もう1人の自分がいつも側にいる。それが何なのか知りたかった。
その正体をやっと見つける。
「あー」
アドリアンが呼びかけると、青い目がふっと笑った。
「あー」
同じように声が応える。
アドリアンは必死で身体を動かし、もう1人の自分に少しでも近づこうとした。手を伸ばせば触れられる距離だ元々たいして離れていない。だが僅かな隙間さえもどかしかった。
もっと近くに。
もっと一つに。
アドリアンの中にある欲求はそれだけだ。
「あら、アドリアンはオーレリアンが大好きなのね」
上から声が降ってくる。
見上げると、優しい眼差しの女性が自分達を見ていた。
(アドリアンは自分の名前。オーレリアンはこいつの名前)
そう理解する。
赤ん坊とは思えない理解力をアドリアンは持ち合わせていた。だが本人もまだそのこと気づいていない。
見下ろしているのが母なのがアドリアンにはわかった。声に聞き覚えがある。
そして今の自分にとって、これが世界の全てだと察する。父親のことを認識したのはずっと後だ。
「ねぇ」
つらつらと昔話を口にしていると、邪魔するように呼びかけられる。
ここは寄宿学校の生徒会室だ。立ち入り出来る人数は限られている。今は自分たちともう1人、3人しかいなかった。
アドリアンとオーレリアンは生徒会に選ばれた。生徒会は学校側からの指名制で、最終学年の6年生から5名、その次の5年生から3名選ばれ、8名で運営している。指名方法は単純明快で、成績順だ。5年生で選ばれた3名はほとんどの場合、6年生でも選ばれる。仕事の引継などをしなくてもいいその3名が、次の生徒会の中心になる。システムとしてはよく考えられているとオーレリアンが感心していた。
アドリアンとオーレリアンは5年生の時から生徒会の役員をやっている。首席と次席なのだから選ばれるのは必然だ。そしてもう1人、5年の時から選ばれて6年の今も役員をやっている友人が目の前の椅子に座っているクロードだ。
アドリアンの話を遮って、呼びかける。とても冷めた目で、ソファに座るオーレリアンとその膝の上に頭を乗せて横になっているアドリアンを見ていた。
「私は今、何を聞かされているんだ?」
説明を求める。口調は荒いが、言葉遣いは丁寧だ。クロードも王族なので、育ちがいい。
「何って、私たちの話を聞きたいと言い出したのはクロードだろう?」
アドリアンは聞き返す。
「違う」
クロードは怒った。
「私はお前達が仲良すぎて、心配だと言っただけだ。馴れ初めを聞かせてくれなんて頼んでいない」
顔をしかめる。
「だから、心配しなくても大丈夫だと説明するために、私とオーレリアンの話をしているんだろうが」
アドリアンは反論する。
よしよしと宥めるように、オーレリアンの手がアドリアンの頭を撫でた。その手に気持ちの良さそうな顔をアドリアンはする。
「今の話のどこに大丈夫な要素があるんだ?」
クロードは首を傾げた。
「狂気しか感じないわ。生まれた時からオーレリアンを自分のものだと思っていると言いたいだけだろう?」
心底嫌そうにアドリアンを見る。
「さすがクロード。頭のいい人間は話が早いね。ちゃんと行間まで読み取ってくれる」
ケラケラと楽しそうにアドリアンは笑った。
書き始めたら楽しくなっちゃって。止まらなかったので続きます。




