階級社会
実はラインハルトには結婚後の方が縁談は多くきていました。
マリアンヌが自分のことをそんな風に言うのをアドリアンとオーレリアンは初めて聞いた。
祖父の妃である第一王妃や第二王妃とマリアンヌはわりと上手くやっている。自分達が見る限り、マリアンヌは受け入れられていた。
「そうかな?」
アドリアンは首を傾げる。
マリアンヌは苦笑した。
「例えばわたしたちの結婚が決まった後、式を挙げる前からラインハルト様には第二妃や第三妃の話がひっきりなしに持ち上がっていたわ。王妃に相応しい家柄の令嬢との縁談を周りが勧めてくるの。男爵令嬢が将来、王妃になることに忌諱感がある上級貴族は少なくないのよ」
小さなため息を漏らす。
「あなた達が生まれて、1歳になって。ラインハルト様が皇太子になってからは、なおさらね。わたしが王妃になることが確定したから」
そう続けた。
うんざりした顔をしているが、怒ってはいない。口調は妙に淡々としていた。
「そういう人たちに、腹が立たないの?」
不思議な気がして、オーレリアンは尋ねる。
「怒ってはいないわよ。気持ちはわかるから」
マリアンヌは小さく頷いた。
「この世は不公平で不平等で不条理よ。どんなに綺麗ごとで取り繕っても、階級や格差は確実に存在する。そもそも、王族なんてものがその階級社会の権化だしね。階級社会で生きている人が、階級を気にしないわけがない。辺境地の男爵令嬢が、自分達の上に立つことを許せないと感じる人がいるのも当然でしょう。思うだけなら、自由よ。わたしたちに害をなさない限り、勝手にすればいいと思っているわ」
たいして気にしていない様子で、言い切る。
(本気でどうでもいいと思っている顔だな)
オーレリアンは心の中で笑った。
マリアンヌは自分が知る王族とも貴族とも違う。考え方が独特だ。だがそこには一本、ブレない芯のようなものがある。
「わたしはね」
意味深にマリアンヌは呟いた。
「父様は違うの?」
アドリアンは苦く笑う。マリアンヌの言葉の意味を察した。
「ラインハルト様はあまりのしつこさにキレていたわ。執拗に妃を薦めてくる貴族を2人、不忠だと処罰したの。皇太子妃に対する忠誠心が足りないという理由でね。さすがにそれには他の貴族も驚いて、ちょうどエイドリアンが生まれたあたりで王子が3人になったこともあり、縁談を持ってくる貴族は半分くらいに減ったわ。半分の人たちは何を言っても無駄だと諦めたのでしょうね」
マリアンヌは苦笑いする。
「それでもまだ縁談を勧める貴族がいることに驚くよ」
アドリアンは呆れた。
「さすがに、面と向かって縁談を持ってくることはなくなったわよ。その代わり、何かの折に自分の娘や親戚の娘と引き合わせたり、宴席に娘達を呼んでもてなさせたり。さりげなくラインハルト様の目に止まり、寵愛を受けるチャンスを作ろうとしているみたい」
マリアンヌは笑う。面白がった。
「なんでそれを母様が知っているの?」
オーレリアンは不思議がる。その場に、母がいるわけがなかった。
「ラインハルト様がいちいち報告してくるからよ」
マリアンヌは答える。少し頬を赤くした。
(あー……)
オーレリアンは察する。
両親はそれをプレイの一環に利用しているに違いない。足を触られたとか胸を押し付けられたとか、そういう話をしながらいちゃつく2人の姿は容易に想像できた。あいもかわらず、仲良しなのだろう。
両親の濡れ場を連想したオーレリアンは複雑な気持ちになった。
「仲良しですね」
思わず、そう口にする。
マリアンヌが気まずそうに目を逸らした。
オーレリアンはしまったと思う。
「父様と母様が仲良しなのはいつものことだろう?」
いまいち意味がわかっていないアドリアンがきょとんとした顔でオーレリアンを見た。
無垢な眼差しに、オーレリアンは何故か後ろめたいものを覚える。
(汚れた大人でごめん)
心の中で謝った。
「そうだね」
アドリアンに頷いてみせる。
「父様と母様は仲良しだし、6人目も生まれるし。周りもいい加減、何をしても無駄だと悟ったんじゃない?」
アドリアンはマリアンヌに微笑んだ。
「まあさすがに、子供が必要だから他にも妃をという人はもういないわ」
マリアンヌは頷く。
「そのために、6人だったのかもね」
そんなことを言った。子供を6人希望したのはラインハルトであることを子供達は知る。
「そこまで計算していたのかな? ただ、母様といちゃいちゃしたかっただけじゃない?」
アドリアンは笑った。
大家族になりたかったのではなく、周りを黙らすために必要な人数でした。




