策略
今回はアドリアン視点です。
国王への挨拶は短い時間で終わった。用件だけを淡々と告げられ、ラインハルトたちは王の執務室を後にする。
国王は多忙で、ゆっくり孫との時間を過ごす暇もなかった。
それはいつものことなので、アドリアンもオーレリアンも特に気にしない。2人にとって祖父は近くに住みながら、あまり接点のない存在だ。母に無茶振りをすることも少なくないので、印象はあまり良くない。
だが、母を嫌っているわけではないことは2人とも知っていた。むしろ、気に入っているように見える。
「では、私も公務に戻る」
部屋を出て、直ぐにラインハルトはそう言った。ラインハルトの執務室は王の執務室の直ぐ隣だ。部屋では仕事を抱えたルイスが早く戻って仕事をしろと待ち構えている。
「はい。頑張って仕事してきてください」
マリアンヌが小さく手を振った。
そんな妻の姿に、ラインハルトは目を細める。あいもかわらず仲のいい両親の姿に、アドリアンはちょっと居たたまれなくなった。
「アドリアン。オーレリアン。頼む」
ラインハルトは息子達を見る。身重の妻を気遣った。
「はい」
アドリアンは返事をし、オーレリアンは黙って頷く。
ラインハルトは安心したように自分の執務室に戻った。
「行きましょう」
マリアンヌは息子達を促す。身重なのに、颯爽と歩いた。
「母様、もう少しゆっくり」
オーレリアンが心配して、声をかける。
「平気よ」
マリアンヌは笑った。
「何人目だと思っているの?」
苦笑いを浮かべる。
この国は基本的に一夫一妻制だ。だが、例外がある。王族は3人まで妻を持つことを許されていた。もちろんそれにはちゃんとした理由がある。別に、権力を揮って酒池肉林を実現させようとしているわけではない。
妻が3人いれば、後継ぎとなる直系男子の確保が容易くなる。そして、後ろ盾も強化できた。妃の実家は王にとって強力な支援者となる。
5年前、訪問したアルステリアの王がたくさんの妻や愛妾を娶っていたことをアドリアンは思い出した。アルステリアの王は対抗勢力に対して、争いではなく懐柔を選ぶ。縁戚として味方に引き込んだ。
それはそれでアリだと、母は感心する。しかし、自分達はそうしなかった。
寄宿学校に入って程なく、母が妊娠したことをアドリアンは知った。父から手紙が届く。
正直、面白くなかった。自分達は寄宿学校という遠い場所に送り出されて寂しい思いをしているのに、両親はいちゃいちゃと仲睦まじくやっているらしい。オーレリアンと一緒だから一人ではないが、それでも、両親に見捨てられたような気になった。新しい子供が生まれれば、自分達など必要ではなくなるかもしれない。そもそも、実家には弟のエイドリアンもいた。跡継ぎには困らない。
そんなささくれだった気持ちをオーレリアンに見透かされる。
オーレリアンは双子の弟だが、アドリアンは彼を弟だと思ったことは一度もない。何度も転生を繰り返しているらしいオーレリアンは小さな頃からとても大人で、そんなオーレリアンを真似することでアドリアンも大人になった。双子だから2人で一つなんて思っていないが、自分の半身だという意識は強く、オーレリアンを手放すつもりはさらさらない。それどころか、男でも女でも、もっと言えば家族でも。自分とオーレリアンの間に割り込んでくる相手がいたら、それを徹底的に排除する気持ちがアドリアンにはあった。
そういうところは父に似たのだと、しみじみ思う。ラインハルトも優しそうな顔をして、自分と妻の間に入り込んでくる相手は許さない。それが父王でも剣を向けるだろう。
そんな自分の半身には、アドリアンの心はたいてい見透かされている。両親には子供をたくさん作る必要があるのだと、拗ねたアドリアンにはオーレリアンは説明した。
父に第二・第三夫人を娶る意思はない。妻を何より大切にしているし、自分以外の妻の存在を母が嫌がるのを知っていた。だが、自分の意思とは関係なく結婚させられるのが貴族社会だ。それは王族でも例外ではない。実際、父の兄達はそうやって結婚していた。そして、王宮を疎んで出て行ってしまっている。父にも常に、第二、第三の妃をという話は持ち上がっているようだ。それを父は一蹴している。だが、何もなく拒否は出来ない。他に妃は要らないことは証明しなければならなかった。一番わかりやすいのは子供の数だろう。母がたくさん子供を産めば、2人目、3人目の妻は必要ないと突っぱねられる。
幸いなことに、今、王族の力は強い。有力貴族の後ろ盾は特に必要なかった。養女とはいえ母は大公家の人間なので、大公家の後ろ盾は確保している。子供の数さえクリアできれば、煩い連中を黙らせることが出来た。
おそらく母は6人くらい子供を産むことになるだろうとその時、オーレリアンは言った。3人の妃が2人ずつ子供を産めば6人だ。それを一人で産んだのなら、他に妃は必要ないと誰もが納得する。
そしてその6人目が今、母のお腹にいた。
(父の策略どおりなのが、それともただ妻を可愛がった結果なのか……)
母を見ながら、アドリアンは考える。
(……両方か)
そう結論付けて、ちょっと笑った。
父のそういうところをアドリアンは嫌いではない。国に戻ったら、離れていた分の時間を取り戻すように、父とも過ごす時間が取れたらいいなと思っていた。だが、それは少し難しいかも知れない。祖父の側近になることは全くの想定外だった。
自分達が親元を離れてさほど経たないうちに母の妊娠を知ったら、ちょっと複雑。




