約束
本人たちにも納得してもらわないといけません。
ラインハルトはとりあえず、マリアンヌの考えを理解した。賛成するわけではないが、了承する。
マリアンヌは次の仕事に取り掛かった。アドリアンとオーレリアンに寄宿学校の話をしなければならない。2人がどんな反応をするのか、マリアンヌには全く想像がつかなかった。
話を切り出すタイミングもいつがいいのか考える。王子である2人のスケジュールはわりと詰まっていた。
余裕があるのはお茶の時間しかなくて、お茶を飲みながら切り出す。アドリアンとオーレリアンを寄宿学校に入れるつもりであることを話した。
「寄宿学校?」
アドリアンは驚く。王宮を離れ、他国で寮生活を送ると聞いて困惑した。
「なんでそんなことをしなければならないの?」
そう尋ねる。
「アドリアンとオーレリアンにはいろんなものを自分の目で見て、聞いて、体験して欲しいの。それに、寄宿学校には同じ年頃の友達がたくさんいるわ」
マリアンヌは答えた。
「オーレリアンがいるから友達は必要ない」
アドリアンは首を横に振る。
「……」
マリアンヌは困った顔をした。
アドリアンは良くも悪くもオーレリアンにべったりだ。だがそれはお互いの可能性を潰しているようにも見える。
「兄弟と友達は別よ。必ず友達を作りなさいとは言わないわ。友達はいなくてもそれはそれでなんとかなる。でも、同じ年頃の子供達との付き合い方を学ぶのは重要よ。それは必要なことだし、王宮では学べないことよ」
アドリアンを説得した。
「……」
アドリアンは黙り込む。マリアンヌの言い分に一理あることはわかった。だが、納得出来ない。ちらりとオーレリアンを見た。
オーレリアンはずっと黙っている。
マリアンヌもオーレリアンを見た。アドリアンと違って、オーレリアンは寄宿学校の話を聞いても驚かなかった。
「オーレリアンはどう思うの?」
マリアンヌは尋ねる。
オーレリアンはマリアンヌを見た。
「私は母様がいつかそう言い出すと思っていました」
オーレリアンは答える。覚悟はしていたと言いたいようだ。
「どうしてそう思ったの?」
マリアンヌは聞く。
「寄宿学校の話をした時、とても興味深そうだったから。気になるんだなと思っていました」
オーレリアンは答える。
(さすが賢王。察しがいい)
マリアンヌは心の中で苦笑した。
「それで、オーレリアンはどうしたいの?」
尋ねる。
「私は母様が必要だと判断したなら、それに従います。アドリアンと一緒ならたぶん何処でも大丈夫だし」
アドリアンを見た。不安そうなアドリアンを安心させるように、にこっと笑う。
「オーレリアン」
アドリアンは嬉しそうな顔をした。隣に座るオーレリアンに抱きつく。
「私もオーレリアンが一緒なら、何処でも平気だよ」
そんなことを言いながら、ぐりぐりと顔をこすり付ける。
(相変わらず仲良しね)
マリアンヌは心の中で笑った。アドリアンにはどこか子犬っぽいところがある。よくオーレリアンにくっついていた。手を繋いでいたり、抱きついているのはいつもの光景だ。それは二匹の子犬がじゃれているというよりは、子犬が子猫に一方的にじゃれているような感じに見える。抱きつかれているオーレリアンの方はちょっと冷めていた。だが嫌なら、そもそも抱きつかせたりしないだろう。オーレリアンの方も受け入れていた。
「わたしも可愛い息子達を自分の手元から放すのは本当はとても寂しいわ。でもきっと、あなた達の将来にこの経験は必要になる。アルステリアの件もあったように、今後、外交は国の重要事項になっていくでしょう。そしてその役目を国王様はあなた達に担わせるつもりでいます。状況的にそれが妥当ですしね。だからこそ、その時に困らない準備をさせてあげたいのです。寄宿学校に入り、人脈を広げなさい。友達を作らなくても、顔は繋いでおきなさい。それがいつか、あなた達を助けることになるでしょう」
マリアンヌの言葉をアドリアンは真っ直ぐ聞いていた。
対照的に、オーレリアンはくすっと笑う。
「母様は国政に関わりたくないと言いながら、手を出してしまうのですね」
そんなことを言った。お節介なのは性格だから仕方ないと思う。
「関わりたくないのは本音ですよ。でも、夫や息子は関わらずにはいられないのがわかっているのに、何もしないのは違うでしょう? 夫や息子のためになら、わたしは打てる手は全て打ちます」
関わりたくないのと、関わらずにすむのは違う。立場的に関わらずにはいられないことはマリアンヌもわかっていた。
「わたしは家族を守るためになら何でもするのです」
マリアンヌは胸を張る。
「知っています」
オーレリアンは頷いた。そんな母が好ましい。何度も生まれ変わったが、こんな母親は初めてだ。
「母様の愛情に応えられるように、頑張ります」
オーレリアンは約束する。
「頑張らなくていいわよ」
マリアンヌは苦笑した。
「オーレリアンもアドリアンも、自由に好きなことが出来る時間は限られている。だから、学生生活をただ楽しんで欲しい。いろいろ言ったけど、半分は建前よ。わたしは2人にいろんな思い出を作って欲しい」
真っ直ぐ、息子達を見る。
「わかった」
アドリアンは頷いた。ここで素直に頷くことが出来るのが、自分とは違うとオーレリアンは思う。オーレリアンはいろいろ考えてしまう。
「オーレリアンと2人で、たくさん思い出を作るよ」
アドリアンは母と約束した。
アドリアンは明朗活発な子です。




