円満
会話の多い夫婦です。家事に時間を取られない分、余裕があります。
ラインハルトは妻の突飛な発想には慣れたつもりでいた。しかしそれが自分の思いあがりだったことに気づく。
「はあ?」
眉をしかめて、問い返した。意味がわからなくて、首を傾げる。
「ですから、アドリアンとオーレリアンを寄宿学校に入れようと思うのです」
マリアンヌはもう一度、ラインハルトを困惑させた言葉を口にした。
「あ、寄宿学校ってわかりますか?」
説明を始める。
「いや、そういうものがあるのは知っている」
ラインハルトはその説明を遮った。学校に通ったことはないが、王都には主に商人の子供達が通う学校が存在する。そういうものがあるくらいは知っていた。
「私が聞いたのはそういうことではない。何故、突然そういう話になったのか、経緯を知りたい」
眉をしかめて、尋ねる。
いつものように子供達を寝かしつけ、マリアンヌはラインハルトが待つ夫婦の寝室にやって来た。ラインハルトが甘い雰囲気を醸し出そうとすると、話があると切り出す。
息子達を寄宿学校に入れたいと言い出した。
「他国にいろんな国の王族が集まる寄宿学校があると聞いたのです。そういう学校があるなら、そこで学ぶのがアドリアンとオーレリアンのためではないでしょうか。家庭教師や親が教えることには限界があります。アドリアンやオーレリアンにはもっと見識を深めてもらいたいし、これからは他国の情報に精通するのも必要になるでしょう。それなら、他国の人間と知り合うのが一番効率的です」
マリアンヌは淡々と説明する。
「きみは息子達を手放して、平気なのか?」
ラインハルトは信じられないという顔をした。
「平気ではありません」
マリアンヌは否定する。
「でも、子供達をずっと手元に置いて守ってやることは不可能です。それなら、わたしはわたしに出来る精いっぱいをしてあげたいと思っています。寄宿学校での経験は将来、あの子たちの役に立つはずです」
力説した。
「それに、あの子達は一人ではありません。アドリアンにはオーレリアンが。オーレリアンにはアドリアンがいます。2人一緒なら、あの子たちは大丈夫です」
一人だったら、マリアンヌも心配で手放せなかった。だが幸い、息子達は双子だ。一番信頼し、頼れる相手がいつも隣にいる。
「アドリアンやオーレリアンと離れて暮らすことになるのはとてもとても寂しいです。でもあの子達は王族で、将来この国の王になるかもしれない。その時のことを考えれば、あの子達を寄宿学校に入れるのがベストではないとしてもベターな気がするのです」
言いながら、マリアンヌは泣き出しそうな顔をした。いろいろと想像したのかもしれない。
「マリアンヌ」
ラインハルトは腕を広げた。
「何ですか?」
マリアンヌは首を傾げる。不思議そうに夫を見た。
「おいで」
ラインハルトは微笑む。
「寂しそうな顔をしているよ」
囁いた。
「寂しいですよ」
マリアンヌは拗ねたように口を尖らす。
「おいで」
もう一度、ラインハルトは呼んだ。
マリアンヌは少し躊躇したが、黙ってラインハルトの腕の中に納まる。
ラインハルトはぎゅっと、マリアンヌを抱きしめた。
「そんなに寂しいなら、寄宿学校に入れようなんて考えなければいいのに」
ラインハルトは苦く笑う。
「でも、楽しそうだったんです」
マリアンヌはぼそっと呟いた。
「アルステリアで、あの子たちはいろいろ体験させてもらっていました。収穫を手伝ったり、誰かと一緒に何かを作ったり。そういうのは王宮にいては経験させてやれないことです。寄宿学校に入れば、新しいことをいろいろ体験するでしょう。もちろん、全て上手くいくわけがないし、躓いたり壁にぶち当たったりするかもしれません。でも、躓くのも壁に当たるのも人生には当たり前に訪れることです。そういうのは小さい頃に体験し、逃げ方や避け方を学んだ方がいいのです。それはあの子達が自分で学ぶものです」
側にいれば、つい手を出して守ってしまう。だがそれはあまり良いことではない。子供から困難を乗り越える機会を奪うことになる。
「子供たちが王宮を出たら寂しくなりますね」
ラインハルトは呟いた。優しく、マリアンヌの背中を撫でる。
「そうですね」
マリアンヌは頷いた。
「だから、いいですよ。昨日のお願い、叶えても」
ぼそっと呟く。
「もう一人、産んでくれるんですか?」
ラインハルトは尋ねた。
「……まあ」
マリアンヌは曖昧に頷く。
「でも身篭ったりしなくても、わたしが他国に出ることは基本的にないことは昨日の時点で決まっていたんですよね?」
ラインハルトを見上げた。
「それは、まあ……」
今度はラインハルトが曖昧に言葉を濁す。
「なのに何故、昨夜はあんなことを?」
マリアンヌは問い詰めた。
「例え、私と父の間で話し合いがついていても、マリアンヌは自分が納得しなければ、従わないでしょう?」
ラインハルトは困った顔をする。
「そんなことありません」
マリアンヌは否定した。
「国王が決めたことに逆らうつもりなんてありませんよ」
ムッと口を尖らせる。
(どうだか)
ラインハルトは心の中で突っ込んだ。マリアンヌの言葉を信じない。だが、そこで反論するほど愚かではなかった。こういう時は引くのが一番だと知っている。
「とにかく、マリアンヌがその気になってくれて良かった。今日から頑張りましょう」
ラインハルトの手が意味深にマリアンヌの身体を撫でた。
「……」
マリアンヌは黙って、顔を赤くする。
(いつまでも初々しい)
ラインハルトは満足な顔をした。
お気づきかもしれませんが、ただのバカップルです。




