沈黙
とても地方貴族が口を挟める感じではありません。
ハワードはずっと傍観者の気分でいた。目の前で展開される光景はひどく現実味がない。映画とかドラマの概念がハワードにあれば、まるでそれを見ているようだと思っただろう。
王宮の王の間で国王と謁見し、その後、王の私室に呼ばれた。王の私室に立ち入る機会は王都にいる貴族でもほとんどない。思ったより装飾は地味で、華美というより重厚さを重んじているように感じた。
ハワードはキョロリと部屋の中を見回す。
謁見の時には大使であるアドリアンとオーレリアンもいた。だが子供達は先に離宮に帰される。お茶には大人だけが呼ばれていた。
マリアンヌやルーズベルトが一緒なので、自分に口を開く機会はおそらく廻って来ないだろう。そのことにハワードは安堵していた。
だが、その場に一緒にいるだけでも緊張はする。
伯爵家と言っても、所詮は田舎貴族だ。中央には縁がないし、国政に関わりを持つことなんてないと家を継いで当主になるまでハワードは思っていた。それが自分の勘違いであることはわかったが、外交に積極的ではないアルス王国の国境門はほぼ閉ざされている。門を守るのが使命であることは理解しているが、国境門をもつ領主としてルシティン家が国政に関わることは長い間なかった。
それなのに、ハワードの代でいろいろ動く。状況が変化した。それを、少なからずハワードは迷惑に思っている。
国境門が開かれれば、ハワードは忙しくなるだろう。ルシティン領の存在意義は大きく変わり、重要度は増す。
だがそんな変化をハワードは望んでいなかった。ルシティン領はのんびりした田舎で構わない。心穏やかに、ハワードは暮らしたかった。
(マリアンヌの考えが、現状維持なのがせめてもの救いだな)
ハワードは心の中で呟く。
マリアンヌにどこまで裁量権があるのか、ハワードは知らなかった。だがマリアンヌが反対する限り、国境門が開かれることはないだろう。
マリアンヌが国王にアルステリアの内情を説明するのを聞きながら、ハワードは注意深く話の流れを見守った。
「そういうわけで、アルステリアとの関係は今までどおり、現状維持で付かず離れずが一番いいと思います」
マリアンヌは説明を終えて、お茶を口に運ぶ。乾いた喉を潤した。
「もっとも、わたしが聞いた話は裏が取れているわけではありません。100%信じていいのかはわたしにはわかりかねますので、判断は国王様にお任せします」
マリアンヌはちらりとルーズベルトを見る。これで文句はないだろうという顔をした。
ルーズベルトは小さく頷く。
客観的で、きちんとした報告だと一定の評価を心の中で与えた。
そんなルーズベルトを国王は見る。
「何か補足することはありますか?」
尋ねた。
「いいえ。別に」
ルーズベルトは首を横に振る。
「皇太子妃のおっしゃったとおりです。ただ……」
ルーズベルトはちらりとマリアンヌを見た。
「他国で予定にない行動を取られるのは困ります。今後は控えてくださるようお願いしたいです」
苦情を国王に訴える。本人に言うより効果的だとルーズベルトは判断した。
それは間違っていないだろうとハワードも思う。
「……」
マリアンヌは渋い顔をした。
「今後ですか……」
国王は困った顔をする。
「実は皇太子に妻や幼い息子を大使として国外に出すことを強硬に反対されていてね。今後はと言われてもその今後はないかもしれない」
ため息を吐いた。
「では、外交はどうなさるのですか?」
ルーズベルトは心配する。マリアンヌたちに手を引かれたら、現状、成り立たなかった。
「そうだね。アドリアンとオーレリアンがもう少し大人になるまで。あと5年くらいは何もせずに現状維持かな」
国王は答える。12歳くらいになれば、保護者であるマリアンヌがいなくても大使としての体裁は保てるだろう。子供達だけで、大使としての公務が果たせる。
ラインハルトが反対する理由の多くはマリアンヌが長期間自分の側から離れることだと国王は理解していた。それなら、子供達が大きくなるのを待てばいい。5年なんて、あっという間だろう。
「そんな話し合いがあったのですか」
マリアンヌは驚いた。何とも微妙な顔をする。
それを見て、ハワードは意外に思った。
マリアンヌとラインハルトは情報の共有を大切にしている。そういう話し合いが行われていたなら、マリアンヌにも話が通っていて当然だと思った。
それはマリアンヌも同じ気持ちかもしれない。
「聞いていません」
不満な顔をした。眉をしかめる。
そんなマリアンヌを国王はスルーした。
「そううわけで、5年の猶予が出来た。その間に外交を担える人材の育成をレッジャーノには頼みたい」
真っ直ぐにルーズベルトを見る。さくさく話を進めていった。
「わかりました」
ルーズベルトは返事をする。
「5年あるなら、なんとかします」
約束した。
その約束に自分が関係あるのかないのかわからなくて、ハワードは困惑する。聞きたいが、聞くわけにはいかなかった。我慢して、黙り込む。
そしてもう一人、黙っている人物がいた。
「……」
ハワードはマリアンヌを見る。何か言いたそうなのに黙っているところが何とも不気味だった。
静かなのはそれはそれで怖い。




