帰宅
やっと帰ります。
夕方が近づき、そわそわし始めた主をルイスは冷めた目で見つめた。
「子供じゃないんだから、落ち着いてください」
諌める。
「落ち着いている」
ラインハルトは反論した。
「落ち着いていません」
ルイスはすぱっと否定する。
「……」
ラインハルトは不満な顔をした。だが、自分に落ち着きがないことは自覚している。何も言えなかった。
ルイスは言葉を続ける。
「出迎えの時も子供を差し置いて、抱きついたりしないようにお願いします」
釘を刺した。
「そんなこと……」
ラインハルトは苦笑する。
「しないと言い切れますか?」
ルイスは尋ねた。
「……」
ラインハルトは答えられない。10日ぶりに会う妻にテンションが上がらないわけがない。
「気をつけよう」
約束した。
「ぜひ、そう願います」
ルイスは満足な顔で頷く。
「皇太子としての矜持をお忘れなきよう」
にこやかに微笑んだ。
マリアンヌたちが王宮に着いたのは、公務の時間が終わってからだった。
王宮にはすでに人が少ない。静かなところに馬車がぞろぞろと到着した。
一気に騒がしくなる。
マリアンヌは同行者が全員馬車から降りるのを待った。みんなを見回して、口を開く。
「みなさん、お疲れ様でした。今日はもう遅いので、このまま解散いたしましょう。公爵と伯爵は明日、わたしたちと一緒に国王様に報告があります。朝、離宮の方へ立ち寄ってください」
ルーズベルトとハワードに言った。
「かしこまりました」
ルーズベルトが返事をし、一礼する。
ハワードはその後ろで同じように頭を下げていた。
そのハワードを見て、マリアンヌは気がかりを覚える。
(宿は押さえてあるのかしら?)
細かいことが気になった。
同行者のほとんどは王都に家がある。ハワードだけが地方貴族だ。他の人と違い、宿を取らなければいけない。だが、手配するような時間はハワードにはなかった。移動しながらネットで予約が出来るような世界ではない。
「ハワードは今夜の宿はどうするの? 手配はまだよね?」
マリアンヌはハワードに問う。
「まだです」
ハワードは頷いた。これから探すつもりでいる。
「メアリ」
マリアンヌは侍女を呼んだ。
「アントンに言って、ハワードの宿の手配をお願い」
命じる。
「かしこまりました」
メアリは一礼し、下がった。離宮にいるアントンのところに向かう。
「ありがとうございます」
ハワードは感謝した。
「こちらが呼んだのですから、これくらいはね」
マリアンヌは微笑む。
放っておいたら、ハワードはルーズベルトの屋敷に泊ることになっただろう。ああ見えて、意外とルーズベルトは面倒見が良かった。だが、ルーズベルトの屋敷ではハワードが緊張して休めないだろう。
そんなことを話している間に、メアリに案内されてアントンがやってきた。
「お帰りなさいませ」
マリアンヌに挨拶する。
「ただいま」
マリアンヌは頷いた。
「帰ってきて直ぐなのに悪いけど、伯爵の宿の手配を頼めるかしら?」
ハワードを指し示し、アントンに尋ねる。
「もちろんです」
アントンは頷いた。ハワードを見る。
「では、お願いします」
マリアンヌは頼んだ。
メアリや子供達と共に離宮に向かう。夫や末っ子のことが気になっていた。
地方貴族の大変さは知っています。




