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帰路

ようやく帰ります。





 アルス王国の王宮ではラインハルトと末っ子がマリアンヌたちの帰りを待ち続けていた。

 置いていかれたことに拗ね、怒っていた末っ子の機嫌は3日ほどで直る。ラインハルトとも普通に会話してくれるようになった。その代わり、毎日のように同じ質問をされる。


「父様。母様が帰ってくるのはいつ?」


 毎日のように、ラインハルトは末っ子からそう質問されていた。


「今日の夜だよ」


 ラインハルトは答える。


「今日?」


 末っ子は嬉しそうな声をあげた。


「ああ。やっと今日だ」


 ラインハルトも感慨深い顔をする。

 マリアンヌを待っていたのはラインハルトも同じだ。末っ子と顔を見合わせ、頷き合う。

 その様子をルイスが見ていた。

 2人きりなのが気まずいのか、ラインハルトに懇願されてルイスは離宮に滞在している。


(すっかり仲良くなったな)


 感慨深い気持ちになった。

 マリアンヌが旅立った時に比べて、確実に2人の距離は近づいている。

 離宮での暮らしは良くも悪くもマリアンヌが中心になっていた。いつもなら、父と子の間をマリアンヌが取り持つ。だが今は不在だ。父と子が直接関わる機会は確実に増え、末っ子の遊び相手をラインハルトが務めるようになる。2人とも寂しいのか、一緒にいる時間が多かった。ラインハルトが子供とこんなに遊んだのは初めてだろう。


(全く無駄な時間ではなかったな)


 ルイスはそう思った。

 他の王族に比べたら、ラインハルト夫妻は家族として過ごす時間がとても多い。だがそれはマリアンヌがいて初めて成立した。ラインハルトが子供達と過ごす時間はそれほど多くない。もう少し、ラインハルトと子供達の距離が近づけばいいと、ルイスは密かに思っていた。それが思いもしない形で叶う。

 ルイスは満足そうに、父と子の姿を見守った。






 マリアンヌは馬車から王都の町並みを見ていた。この景色を眺めるのは10日振りくらいになる。


「すでに懐かしいわね」


 独り言のように呟いた。

 もうずいぶん長い間、留守にしていたように感じる。だがそもそも、マリアンヌが王都の町並みを眺める機会はそう多くない。子供達にいたっては、王宮を出たのは今回が初めてだ。懐かしいも何もないだろう。


(王都を懐かしいと感じるあたり、わたしも王族の一員になったということかしら?)


 そんなことを考えて、ふふっと笑った。


「母様?」


 そんな母親をアドリアンは不思議そうに見る。何が楽しいの?という顔をしていた。


「もう直ぐ、父様達に会えるわよ」


 にこにことマリアンヌは囁く。


「ああ」


 そういえばと言うような顔をアドリアンはした。

 普段、ラインハルトは公務で忙しい。子供達との時間はあまり取れなかった。


「もう少し、父様に興味を持ってあげて」


 マリアンヌは苦笑する。


「父様のこと、好きだよ」


 アドリアンは言い訳するようにそう言った。子供なりに気を遣う。

 それがわかるから、マリアンヌは苦笑した。


「オーレリアンは?」


 マリアンヌはもう一人の、ずっと黙っている息子を見る。オーレリアンは何かを考え込んでいた。


「母様。オーレリアンに話しかけても無駄だよ。ずっと何か考え込んでいるから」


 アドリアンは困った顔をする。

 マリアンヌはランスローに戻った夜、オーレリアンとアドリアンにアルステリアの王宮でウリエルたちと話したことを聞かせた。それ以来、オーレリアンは何かを考えている。

 それが何なのか、マリアンヌにもわからなかった。賢王としての記憶も持つオーレリアンにはマリアンヌには見えないものが見えているのかもしれない。


「そうみたいね」


 マリアンヌは頷いた。


「オーレリアン」


 アドリアンは隣に座る兄弟の肩を掴んで揺らす。


「え? 何?」


 オーレリアンは驚いた顔をした。目をぱちくりと見開いて、マリアンヌとアドリアンを見る。


「もう直ぐ、王宮よ。父様達に会えるわね」


 マリアンヌは微笑んだ。


「そうですね」


 妙に他人行儀な返事が返って来る。

 何度も転生を繰り返しているオーレリアンの意識は大人だ。だからこそ、普段は子供らしく振舞おうと気を遣っている。だが今はそんな余裕さえないようだ。


「そんなに考え込まなくてもいいのよ」


 マリアンヌは手を伸ばし、オーレリアンの頭をくしゃりと撫でる。


「まだ7歳の貴方に周りは何も期待していないわ。責任を負う必要なんてないのよ」


 微笑んだ。


「子供でいられる時間は短いわ。だからこそ、子供らしく無邪気に人生を楽しみなさい。アルステリアではいろんなことを体験して、楽しかったのでしょう?」


 マリアンヌは問う。


「楽しかった」


 オーレリアンは頷いた。

 何もかも、体験したのは初めての事ばかりだ。何度も転生を繰り返しているが、王族のオーレリアンに自由は少ない。やりたいと言って、やらせてくれるのはマリアンヌだけだ。


「それだけでいいのよ。難しいことを考えるのは、大人に任せてしまいなさい。自分の目でいろいろ見て廻れて、良かったわね」


 マリアンヌは優しく微笑む。


「うん」


 オーレリアンは大きく頷いた。





父と子が仲良くなっています。

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