告白
とりあえず、ここまで本日はUPします。
男爵令嬢(28歳)の朝は早い。
天気が良い日は畑に出るからだ。
侍女が起こしに来る前に起き、畑に向かう。
歩いて10分ほどの場所にあるその畑は、すでにわたしのものだ。
弟が結婚したら畑の近くにある丸太小屋のような平屋の小さい家に住み、一人で暮らすことが決まっている。
ちなみにその小屋は、作業小屋兼休憩所として今は使っていた。
農作業の道具を置いている。
着替えもここでしていた。
さすがに、野良仕事の格好で男爵家から畑まで移動することは出来ない。
わたしは一応、貴族の令嬢だ。
この土地の領主の娘なので、体面というものがある。
尤も、国境ギリギリの辺境地の男爵令嬢なのでたいしたことはない。
貴族にもピンからキリまであるとしたら、我が家は確実にキリの方だろう。
いき遅れた娘を一生養うほどの財力もない。
家は弟が継ぐことに決まっているので、わたしは自給自足の生活を慎ましく送るつもりでいた。
そのための準備を16年もかけてしている。
(16年か……)
わたしは作業着に着替えながら、長いようであっという間だった月日に思いを馳せた。
感傷に浸りたいところだが、今はそんな場合ではない。
食べごろに実ったトマトを収穫しなければならなかった。
畑に出て作業していると、近くの農民たちがわたしを見つけて挨拶に寄ってくる。
「おはようごぜーます。マリアンヌ様」
にっこりと笑ってくれたおじいさんは私の畑の師匠だ。
直ぐ近くに大きな畑を持っていて、それは見事に管理している。
いつもたわわに野菜が実っていて、惚れ惚れするくらいだ。
「おはよう、ジェームズさん。何度も言うけど、マリーでいいわよ」
マリアンヌと言う名前がどうにも気恥ずかしくて、わたしはそう言った。
「おはようです。マリー様」
ジェームズと一緒にいた孫のアークはそう呼んでくれる。
「おはよう。今日も頑張って」
わたしはアークに返事をした。
二人の姿を見送る。
ジェームズおじいさんの畑は道の先にあった。
アークは19歳でシエルとも仲が良い。
長身のすらっとしたなかなかイケメンの若者だ。
わたしについて畑によく来ていたので、シエルも農民たちとは親しくなっている。
アークとは幼馴染だ。
シエルには近くに年の近い貴族の友達がいないので、3つ年上のアークが遊んでくれる。
わたしとしてはとても助かった。
比較的若い農民たちはわりと気さくに接してくれる。
しかし、一定以上年配の人とはまだちょっと距離があった。
彼らはわたしが男爵家の跡継ぎだった頃のことを知っている。
(もう16年も前の話なのに)
そんなジェームズたちの律儀なところもわたしは好ましく思っていた。
16年前まで跡継ぎ娘だったわたしは次期領主としての威厳を求められ、気軽に農民と話すことを禁じられる。
わたしは小さな頃から農業に興味があった。
前世の記憶を持っているわたしは食が大切なことをよく知っている。
人間、食べ物に困らなければ後はなんとかなるものだ。
だからわたしは農業について学ぼうとした。
しかしいくら辺境地の男爵令嬢で、キリの方の家だとしても、娘に農作業はさせてはくれない。
気軽に話しかけることも許されなかった。
だが、16年前に状況が変わる。
母が男の子を生み、わたしは跡継ぎではなくなった。
さらに母が亡くなる。
わたしは自分の人生設計を自給自足計画に切り替えた。
父を説得し、農業を学ぶ許可を取る。
その時点で、父はわたしが実際に農作業をするとは思っていなかっただろう。
だがわたしは少しずつ自分で畑に出て、農作業を始めた。
自分の畑を父に貰う。
今では我が家の食卓に乗る食材の半分はわたしの畑の作物だ。
今日の朝食には採れたてのトマトがそこに加わるだろう。
わたしの畑はあくまでわたしの自給自足が目的なので、それほど広くはない。
一つ一つの作付面積も少なく、その代わり種類は豊富だ。
収穫作業は直ぐに終わる。
朝食前に戻ろうと、小屋に入って着替えた。
カゴに入れたトマトを持って小屋を出ると、通りすぎて行ったはずのアークが外にいる。
ドアを開けて、びっくりした。
「どうしたの?」
問いかける。
「あの……」
アークは言い難そうに口ごもった。
ちらりとわたしを見て、覚悟を決めた顔をする。
「お妃様レースに出るんですか?」
直球を投げられた。
唐突な言葉に、わたしはびっくりする。
「出ないわよ」
私は首を左右に振った。
それを聞いたアークは安堵を顔に浮かべる。
心配してくれたのだと、わたしは思った。
なんて優しい子だろうと感激する。
「心配してくれたの? ありがとう」
礼を言った。
「違います」
予想外に強い口調で否定される。
「……」
わたしは困った。
「マリー様は弟が結婚したら、屋敷を出てこの小屋で一人で暮らすと聞いています」
アークの言葉にわたしは頷く。
そうだと肯定した。
「ずっと一人で生きて行くつもりですか?」
アークの言葉に、わたしは苦笑するしかない。
「心配しなくても、大丈夫。わたし、いろいろ強いから」
微笑むと、違うとまたアークに否定された。
「一人で生きて行くなら、オレが一緒じゃダメですか?」
唐突な言葉に、わたしは混乱する。
「雇う余裕はないと思うんだけど……」
思わず、そう言ってしまった。
アークが傷ついた顔をする。
わたしは慌てた。
「違う。今のは、間違い。そういう意味じゃないのは、わかっている」
自分の言葉を訂正する。
アークの一緒に生きたいはたぶん恋愛的な意味だ。
しかし予想していなかったので、頭の中が真っ白になる。
何も考えられなかった。
「わかったけど、今までそんな風に考えたことなかった。だってわたしにとってアークは弟同然で。シエルの面倒を見てくれるいいお兄ちゃんで。いつも側にいてくれて。正直、ここに一人で暮らすことになっても、勝手にアークはわたしを助けてくれるって思っていたわ」
自分で言葉にして初めて、思ったより自分がアークを頼りにしていたことに気づく。
一人で自給自足するつもりでいたが、本当は一人だなんて思っていなかった。
「今すぐ、考えてくださいなんていいません。ただ、オレがそう思っていること、忘れないでください」
アークは頭を下げる。
そのまま走って行ってしまった。
わたしは引き止めることも出来ず、ただその後姿を見送る。
「いつの間にか、いい男に育っちゃって……」
ぼやくように呟いた。
3歳から知っているから、なんとも複雑な気持ちになる。
だが、告白されて悪い気がするわけもなかった。
「アリ……なのかな?」
見えなくなった後ろ姿に、苦笑が洩れる。
とりあえず、家に帰ることにした。
次のUPはまだ未定です。
早めにUPしたいですが、暇を見て頑張ります。