蠢く意思
マリアンヌの預かりしらぬところで……
アルステリアにいるのはアルス王国の大使一行を歓迎する人ばかりではない。
アルス王国との関係を深めたくない一派もいた。
彼らの存在は当然、ウリエルも認識している。
アルス王国との交流を邪魔しようと目論んでいるだろうと予測された。
ウリエルたちはそれを警戒する。何かしらの妨害が入ることを前提として、手を打っていた。
だが、拍子抜けするくらい何もない。
それにはマリアンヌの態度も関係しているように思えた。
アルス王国側は終始、一定の距離を持ってアルステリアと関わっている。
近づきすぎないよう、意識されていることはウリエルもガブリエルも感じていた。
反アルス王国派も同じことを感じたのだろう。
邪魔する必要がないと判断された気がした。
下手に大使に手を出せば、国際問題になる。
アルス王国に喧嘩を売るのは、反アルス王国派も意図するところではないだろう。
何はともあれ、無事にアルス王国一行は出発できそうだ。
ウリエルたちはほっとする。
そんな諸々を知らないマリアンヌはわりと暢気だった。
自分を見つめて、ピリピリしている一団には気づかない。
彼らは遠くから、出発しようとしているアルス王国一行の様子を眺めていた。
「さて、どうする?」
その中の一人が問いかける。仲間を見た。
「どうするとはどういう意味だ?」
別の一人が聞き返す。
「このまま、何もなく帰していいのか?」
最初に口を開いた男が確認した。
彼らはアルス王国と親交を深めたくない一派だ。
アルス王国の庇護を受け、王族の権力が増すことを危惧している。アルステリアとアルス王国の仲が深まりそうな場合、それを邪魔するつもりでいた。
だが、今のところアルステリアとアルス王国の関係が親密になりそうな気配はない。
マリアンヌは一定の距離を保ってウリエルやガブリエルに接していた。
その様子は彼らも見ている。
アルス王国側にはアルステリアと親しくしたいという意思がないようだ。
「アルス王国側にアルステリアに関わるつもりがあるとは思えない。我々が何かをする必要はないのではないか?」
尤もな意見が出る。
「そうだな。余計なことをして国際問題になるのも困る。そもそも、大使として子供を派遣する時点で、アルス王国と親交を深めるつもりはなかったのかもしれない」
今回の訪問自体が意味のないものに彼らには思えた。
「このまま何もなく帰るなら、それはそれでよかろう」
誰かがそう結論づける。
何もせず、見送ることになった。
張り詰めていた空気が少し和らぐ。しかし、不安を拭いきれない人間も何人かはいた。派閥が同じでも、考え方まで全く同じわけではない。自分達に都合が良すぎると考える者もいた。
「ウリエル様がこのまま諦めるだろうか?」
不安を口にする。
「そう思うなら、国境まで同行して様子を確認したらどうだ?」
勧める声があった。
ウリエルがアルス王国一行を国境まで護衛するのは最初から決まっていた。
アルステリア国内で何かあれば、国として責任を問われる。国境まで護衛するのは、アルス王国一行のためというより、ウリエル自身のためといえなくも無かった。
もともと、今回の訪問自体がウリエルの肝いりだ。
ウリエルがアルス王国と親交を深めるチャンスはかろうじてまだ残されている。
それは誰もがわかっていた。
しかし、先回りして見張るのも、さりげなく護衛に混じるのも、どちらも簡単ではない。
相応のリスクがあった。
「……」
沈黙が流れる。
リスクを犯してまで確認する覚悟は誰にもなかった。
権力争いに講じる人間は自分がリスクを負うことに対して敏感だ。
自分はやりたくないけれど、誰かにやって欲しい。
だが押し付けるために下手に口を開けば、自分にお鉢が廻ってくるのはわかっていた。
誰もが様子見をしている。
別の意味で、空気が張り詰めた。
国際問題を起こす気は無いので、命の危険とかはありません。




