昼前
図太い自分にびっくりです。
朝まで眠りこけていたことを謝った後、わたしたちは食事の準備を始めた。
昨日は昼夜合わせた一回しか森で食事を取っていないので空腹を覚える。
それぞれ手分けして、食料を調達することにした。
わたしはアークと一緒に果物を取りにいく。
「朝まで寝るつもりなんてなかったのに、ルティシア様とクレア様に悪いことをしてしまったわ。でも、何事もなかったようで良かった」
歩きながらそんなことをこぼしていると、「えっ」とアークが声を詰まらせた。
苦く笑う。
「何かあったの?」
わたしは不安を覚えた。
「昨夜はちょっとした騒ぎがありました」
アークが教えてくれる。
実は寄って来た獣がいたらしい。
だがそれは火を囲んで固まっていたわたしたちのところにではなく、少し離れたところからわたしたちを見守っていた近衛の方にだった。
近衛と獣が戦う音が聞こえて、その騒ぎに気づいた従者たちは騒然としたらしい。
一番武術に秀でたルティシアの女従者をわたしたちの守りに残して、様子を見にアークたちは走る。
着いた頃には勝敗は決していたそうだ。
無事に近衛たちが獣を追い払ったのを確認してから、私たちのところに戻ったらしい。
一時はルティシアもクレアも緊張に顔を強張らせていたそうだ。
その中で一人、わたしは騒ぎに気づかず暢気に寝ていたらしい。
話を聞いて、自分の図太さに呆れた。
「消えたいくらい恥ずかしい」
わたしは凹む。
そんなわたしを見て、アークは微笑んだ。
「いや、マリー様がすやすやと眠っているのを見て、場が和んだのであれはあれでいいと思います」
フォローしてくれる。
「せめてものお詫びに、美味しい果物をたくさん採って帰りましょう」
わたしは意気込んだ。
だが実際に木に登って採ってくれるのはアークだ。
さすがにわたしも木登りは出来ない。
農民の子供でも女の子が木に登るのは見たことがなかった。
それはやんちゃな男の子たちの専売特許になっている。
アークが木に登るのを見ながら、わたしは自分が何の役にも立っていない気がして落ち込んだ。
「わたし、自分で思っているより何も出来ないのね」
ため息が出る。
もっと出来る自信があった。
自分のことは何でも自分でしてきたつもりでいる。
だがそれは勘違いだった。
思った以上に何も出来ない。
その他大勢はその他大勢なのだと、思い知らされた。
チートな特技なんてあるはずもない。
「一人一人、出来ることが違うからいいんだと言ったのはマリー様ですよ」
アークは木の上で果物を取りながら言った。
「そんなこと、言ったかしら?」
わたしは首を傾げる。
覚えていなかった。
そんなわたしをまたアークは笑う。
「小さな頃に」
答えるが多くは語らなかった。
教えるつもりはないらしい。
その言葉がアークを救っていたなら嬉しいなとわたしは願った。
「でもわたしに出来ることって何かしら? 畑で作物を作ること? でもそれなら本業の農家さんの方が当たり前だけど上手なのよね」
肩を落す。
「マリー様の得意なことは人と人を繋ぐことじゃないですか? たいてい誰とでも仲良く出来ますよね」
問われて、それなら少しは自信があると思った。
「でもそれもなんかわたしよりルティシアの方が上手だった気がする」
ぼそっとこぼす。
クレアの恋が実ったのは、ほぼルティシアのおかげだと思う。
わたしは何も出来なかった。
恋愛の機微について、ルティシアはわたしより一枚も二枚も上手なのだろう。
自分の恋愛感情もよくわからない女に他人の恋の指南なんてそもそも出来るはずがなかった。
考えてみれば当然かもしれない。
「マリー様が何をそんなに落ち込んでいるのかよくわからないのですが。時々、急に自信をなくすことがありますよね?」
アークは苦笑した。
「自信なんていつもないわよ。その他大勢のわたしにたいしたことは出来ないもの」
わたしが答えるとアークは困った顔をする。
「そうですか? でも昨日はマリー様たち三人が身を寄せ合ってこそこそと何か楽しそうに話をしている姿を見るのは、とても微笑ましくていい感じでしたよ。あそこに三人集まれたのは、マリー様が焚き火で他の方を呼び寄せたからでしょう?」
そう言われると、自分の功績のように思えた。
「確かに、焚き火ホイホイは有効だったわ」
わたしは頷く。
自分があれもこれも出来ると欲張るのがそもそも間違いなのかもしれない。
その他大勢のわたしが出来ることなんて、一つで十分だ。
「一つしか出来ないのではなく、一つなら出来るって考えればいいのね。出来ることが一つあれば、人生、それで十分なのかもしれないわね」
わたしは少し気持ちが軽くなった。
「ありがとう、アーク」
礼を言う。
「役に立ったなら、良かったです」
アークは微笑んでくれた。
食事をした後、わたしは火の始末をした。
火事が起こらないよう、十分に気を配る。
この世界は地震がほとんどない。
揺れるのが日常茶飯事の日本に住んでいた身としてはほぼ揺れないことに驚いた。
その代わり、怖いのは火だ。
当たり前の話だが、消防車もなければ消火器もない。
一度火がついたら自然に鎮火するのを待つか、建物を壊して延焼を防ぐくらいしか出来なかった。
万が一にも森が焼けたら大変なので、念入りに水をかけておく。
それから三人揃ってスタート地点に戻った。
特に指示はなかった気がするが、始まったところに戻るのは当たり前だろう。
予想通り、そこにはルイスがいた。
ちらりとわたしの顔を見る。
「思ったより元気そうですね」
そう言われて、わたしは苦く笑った。
(そりゃあ、もう。ぐっすり寝ていますから)
ルティシアとクレアを気まずそうに見る。
二人は笑っていた。
「ルイス様はマリアンヌ様と仲がよろしいのですね」
ルティシアにそう言われて、驚く。
「いや、全然」
わたしは否定した。
「全く」
ルイスも首を横に振る。
だがそれ以上に、わたしはルティシアがルイスと親しげなことを意外に思った。
「ルティシア様こそ、ルイス様とお知り合いなのですね」
そう言うと、ルイスにふんっと鼻で笑われる。
「母方の縁戚だ。上流階級の貴族はたいていどこかで血が繋がっている」
説明された。
ルティシアが侯爵家のお嬢様だということを思い出す。
「ところで、ルイス様。わたしの目には向こうにフローレンス様がいるように見えるのですが、気のせいですか?」
わたしはルイスに聞いた。
棄権すると言っていたフローレンスが何故かいる。
向こうもわたしに気づいて、暢気な顔で手を振ってきた。
「気のせいではない。何故棄権せずに夜を明かしたのかまでは私にもわからないが、もともと、フローレンスとして参加していたことはバラすつもりだったからそれはそれでいい」
ルイスはため息をつく。
何かを諦めた顔をしていた。
「え? バラすんですか?」
わたしは驚く。
てっきり、何もなかったことにするのだと思っていた。
「当たり前だろう。秘密なんて、いつかはばれる。その時に脅しのネタにされよるより、最初から今回の趣旨として説明した方がいいに決まっている」
ルイスは当然という顔をした。
「積極的にネタバラししていくスタイルだったとは知りませんでした」
わたしは呟く。
「王子が偽者であることなんて、わかる者にはわかる。隠したままにしておくのは得策ではない」
その言葉にはわたしも激しく同意した。
実際、ルティシアは気づいている。
他にも気づかれていると考えるのが妥当だろう。
気づいていて、みんな黙っていてくれたのだ。
忖度したのかもしれない。
(世界が変わっても忖度はあるのね。むしろ、貴族社会なんて忖度の塊のようなものかもしれない)
そんなことを考えていると、フローレンスが寄って来た。
「元気そうですわね」
正体をばらすと言っていたのに、口調はフローレンスのままだ。
その理由を問いかけて、この場で聞くのはどうかと思って止める。
側にはクレアもルティシアもいた。
二人は少しだけ離れたところから興味津々という顔でわたしとフローレンスを見ている。
とっくにリタイアしていると思っていたので、フローレンスのことは話してあった。
二人はフローレンスの正体が王子であることを知っている。
わたしと王子の様子をにやにやしながら見ていた。
(もの凄く気まずい。逃げ出したい)
わたしは心の中でぼやく。
だが昨日、逃げ出したことを反省したばかりだ。
「昨日はその……。逃げてすいません」
わたしは謝る。
「本当ですわね。あまりのショックに、一晩、森で夜を明かしてしまいましたわ」
わたしのせいだと遠まわしに責められた。
それを聞いたルイスの視線が痛い。
(わたしのせいみたいです。ごめんなさい)
わたしは素直に心の中で謝った。
次で勝敗はつきます。
ひっぱったりしません。
あっさりとゴールします。
問題なのはそこからなので。




