恋の話をしよう 1
長くて読みにくい気がして、二つに分けてみました。
わたしの質問に二人は戸惑う顔をした。
ルティシアは少し離れたところにいる従者の女性を気にする。
聞かれたくない話があるようだ。
クレアも躊躇う様子を見せる。
(当たり前か)
わたしは苦笑した。
わたしたちは今さっき会ったばかりで、互いのことを何も知らない。
そんな相手に簡単に自分のことを話すわけがなかった。
貴族は相手に弱みを見せるなと教育される。
自分のことをぺらぺら話すのはタブーだ。
「わたしたちはお互いのことを名前しか知らないから、少し、自己紹介してみない?」
提案してみた。
「いいですね」
意外なことにルティシアが最初に賛成してくれる。
クレアあたりは同意してくれると思ったが、ルティシアは渋るのではないかと思っていた。
ルティシアは正しい貴族のお嬢様に見える。
クレアも賛成してくれたので、わたしは自分から自己紹介を始めた。
「わたしは国境ギリギリにある農村地帯を治めているランスロー男爵家の娘です」
そんな説明から始める。
母を12歳で亡くしたこと。
母の代わりに弟を育ててきたこと。
弟が家を継いだら一人で自給自足の生活をするつもりでおり、その準備を16年かけてしてきたこと。
その他大勢のわたしの人生にたいして面白いことなんてない。
だが、何故か二人はとても食いついてくれた。
目を丸くして、身を乗り出す。
「凄いですわ、マリアンヌ様」
ルティシアが興奮した顔でわたしを見る。
目がきらきらしていた。
(何がでしょう?)
自分のことを話しただけなので、何を誉められたのかわからなくて戸惑う。
(弟を育てたこと? それとも自給自足のこと?)
反応に困っていると、クレアが口を開いた。
「自給自足の生活なんて、考えたこともありませんでした。自分の力だけで生きて行くなんて、そんなことが出来るんですね」
尊敬の眼差しを向けられる。
彼女たち二人が食いついたのは自給自足のほうらしい。
貴族女性や豪商の娘にその発想があるわけない。
女性の自立はこの世界ではとても難しい。
だが、前世の記憶があるわたしにはそれは特別なことではないので、誉められるとなんともこそばゆかった。
「自分のことが自分で出来れば、どこででも生きていけるって思っただけなのです。凄いことなんて何もないんですよ」
笑って誤魔化す。
「いいえ。それが凄いんです」
何故かクレアは力説した。
妙に実感が篭っている。
「クレア様?」
わたしは不思議そうにクレアを見た。
クレアは何かを覚悟したような顔をする。
「わたしも自分のことを話していいですか?」
わたしとルティシアに伺いを立てた。
わたしたちは頷く。
「わたしの実家は王都で商売をやっています。少しは名の通った商会です。跡継ぎには兄がいるので、わたしが家を継ぐことがないのは生まれた時からはっきりしていました。そのため、父はわたしに関心がなく、兄だけを可愛がりました」
その言葉にわたしもルティシアも眉をしかめた。
冷たい話に聞こえるが、実はそう珍しいことではない。
大切にされるのは跡継ぎの男の子たちだけで、女の子は放っておかれるのが普通だ。
「でも、それは構わないんです。父がわたしに何も期待しなかったように、私も早々に父のことは諦めましたから。母は優しかったですし、跡継ぎである兄もわたしを可愛がってくれました。そのまま父がわたしを放っておいてくれれば、何も問題はなかったのです。なのに、わたしが年頃になった途端に父は縁談を持ってくるようになりました。家のために嫁に行けというのです。父にとってわたしは商売の道具の一つなのです」
淡々と語るクレアにわたしもルティシアも何も言えなかった。
クレアの憤りはよくわかる。
何を言っても慰めにならないのはわかっていた。
そして女の子が家のために嫁にいくのも珍しいことではない。
それは貴族も同じだ。
「このお妃様レースへの参加を決めたのも父です。優勝は無理でも最後の10名に残れば王族や貴族の目に止まり、愛妾に召し上げられることがあるかもしれません。そうなれば商売に繋がると思っているのです」
クレアの言葉にわたしは重苦しい気持ちになる。
この世界の女の子には人生の選択肢が本当に少ない。
父親の言いなりになるのは当たり前のことだ。
そういう意味では、わたしはかなり甘やかされてきたらしい。
父はわたしの好きなようにさせてくれた。
弟を育てると決めた時も。
自給自足の生活がしたいから農業を学びたいと言った時も。
自分の畑を欲しがった時も。
父はわたしの気持ちを優先し、許してくれた。
(凄いのはわたしではなく、お父様だった)
今さら、そのことに気づく。
(ありがとう。お父様)
心から感謝した。
「わたしは最初、レースをわざと棄権しようと思っていました。父の言うとおりにするのが嫌だったのです。ですが、詳細の紙を読んで気が変わりました。これはチャンスだと気づいたのです」
クレアは言葉を続ける。
強い決意がその目にはあった。
(かっこいい)
わたしはちょっと感動する。
クレアに出来る可能性を感じた。
「お妃様になって、お父様を見返してやろうと思ったんですか?」
ルティシアは尋ねる。
「いいえ。違います」
クレアは少し声のトーンを落とした。
小声になる。
秘密の話をする雰囲気が漂った。
わたしはドキドキする。
「わたし、お妃様になるつもりはこれっぽっちもありません」
クレアははっきりと否定した。
「どうしてですか?」
ルティシアが問う。
「わたしは商人の娘です。優勝して王子様の妃として王宮に入っても、上手くやっていけるとは思えません。平民であるわたしに風当たりはきっと強いでしょう。苦労するのがわかっている場所に嫁に行きたいなんて思えません。例え、相手が王子様でも」
クレアの言葉には迷いがなく、聞いているこちらが清々しい気分になった。
(この子、好きかも)
友達になりたいと思う。
わたしには友達らしい友達がいない。
辺境地には同じ年頃の貴族女性はほぼいなかった。
農民の娘さんたちは仲良くしてくれるけど、一線が引かれていることはわかっている。
そんなことを気にする余裕がなかったから感じなかったが、私はけっこう寂しい人かもしれない。
「その気持ち、わかります。わたしもよく知りもしない王子様に嫁ぐより、気心の知れた好きな人と結婚したいです」
ルティシアは頷いた。
恋バナが始まりそうな雰囲気が漂う。
(おおっ。女の子の会話っぽい)
わたしはわくわくした。
「わたし、賞金を貰って自分で商売を始めたいんです」
クレアは夢を語る。
わたしの自給自足に共感したのはそういうことらしい。
自立を目指したいようだ。
だが自分が暮らせればそれでいいわたしと違い、たぶんクレアの商売は儲けを出して店を大きくしたい系のちゃんとしたやつだ。
(クレアの方が凄いんじゃない? まだ若いのに)
わたしは感心する。
「でも、女性が一人で商売するのは難しいのでは?」
ルティシアは心配した。
わたしもそう思う。
現実は厳しい。
「だから、ギルバートに手伝ってもらいます」
ちらりとクレアの視線が従者の男の子に向かった。
「ギルバートは幼馴染なんです。彼がいれば何でも出来る気がするんです」
にこっと笑う。
わたしとルティシアは互いの顔を見た。
小さく頷きあう。
クレアが本当に嫌なのは好きでもない男に嫁ぐことなのかもしれない。
ギルバートとクレアが付き合っているかどうかはわからないが、好きなことは確かそうだ。
好きな男と一緒になるために商売を始めて自立したいなんて、可愛すぎる。
わたしは応援したくなった。
「頑張って。応援するから」
思わず、クレアの手を握る。
「あ、ありがとうございます」
クレアは戸惑った顔で礼を言った。
「クレア様も凄いです」
ルティシアは誉めながら、小さなため息をもらす。
「わたしなんて、父に逆らうことが出来なくて未だに好きな人と結婚出来ない」
ぼそっと呟いた。
(ガチの恋バナ、来た~!!)
わたしとクレアはちょっと身を乗り出す。
ルティシアは自分のことを話し始めた。
続いて、その2をUPします。




