運命の歯車 3
もう一つ、第五章が続きそうです。
帰りの馬車はひたすら気まずかった。
わたしもアルフレットも疲れている。
「まあ、こうなるような予感はした」
アルフレットは呟いた。
「どの辺りから?」
思わず、わたしは聞く。
「昨日、合格したあたりから」
アルフレットは答えた。
わたしはなるほどと納得する。
確かにそこからわたしの思惑と運命は大きくずれ始めた。
運命の歯車が別の方向に回り始める。
「人生って思い通りにいかないのね」
わたしはぼやいた。
「思い通りにいく人生なんて、あるわけないだろ」
アルフレットは苦く笑う。
「アルフレットでもそう思うの?」
わたしはちょっと驚いた。
アルフレットは見た感じ、主役だ。
ほぼ思い通りの人生を歩んでいるだろうと勝手に思い込む。
(大公家の跡継ぎで、第二王子の側近でそこそこ偉くて、可愛い子供が二人もいて。奥さんは亡くなっているけど、それ以外は恵まれた人生ではないのかしら?)
そう思ったが、口には出さなかった。
何が幸せかなんて、他人にはわからない。
自分の幸せは自分にしか決められないのだ。
「当たり前だ。人生で思い通りになったことなんてほとんどない」
アルフレットは言い切った。
「そうか。どう見ても主役のアルフレットがそうなら、その他大勢のわたしの人生が自分の思い通りにいくだろうなんて考えがそもそも甘いのかもね。人生って、こんなものなのかもしれないわ」
わたしはため息をつく。
「王子との結婚を『こんなもの』と言い切るお前はそうとうな兵だとオレは思うけどな」
アルフレットは苦笑した。
「それより、シエルにはなんて説明したらいいのかしら? それに、お祖父様にもお話ししないと不味いわよね?」
わたしは悩む。
父には明日、すべてが終わって結果が出てからでいいだろう。
余計なことは言わず、レースに優勝したから結婚しますという方が父を心配させずにすむ。
だが、大公である祖父には本当のことを言っておいた方がいいと思った。
「お祖父様にはオレから話しておこう」
アルフレットが引き受けてくれる。
「本当? すごく助かる」
肩の荷が一つ下りて、わたしはほっとした。
その後は二人とも、黙り込んでしまった。
こうして、二人で馬車に揺られるのも今日が最後になる。
明日はアルフレットと一緒ではなかった。
「この三日間、ありがとう」
礼を言う。
たくさん助けてもらった気がした。
「なんだ、突然。今生の別れみたいな言い方をするな。縁起でもない」
アルフレットは顔をしかめる。
だがそこに照れが入っているのはわかった。
(いい人なんだよね。恋愛ではないけど、好きだな)
心の中で小さく笑う。
アルフレットはすでにわたしの中では家族だ。
好きだし、愛していると言ってもいい。
王都に来て、仲よくなれて本当に良かった。
(照れくさいから、そんなことは言わないけどね)
ふふっと笑って、馬車の窓の方に寄りかかった。
石畳の上を走る車輪のかたことという音が一定のリズムを刻み、なんだか眠くなる。
いつの間にかわたしは眠っていた。
チュッと額に何かが触れたのを感じた。
「マリアンヌ」
わたしは揺り起こされる。
肩を掴んで揺すられ、目を開けた。
「うわっ」
目の前にアルフレットの顔があって、びっくりする。
すっかり見慣れていたが、間近で見るとやはり美形だ。
迫力がある。
(さっき額に触れたのはもしかして……)
そう思ったが、その件に関しては触れないことにした。
アルフレットも言うつもりはないだろう。
「失礼だな」
驚いたわたしにアルフレットは怒る。
「……つい」
わたしは苦笑した。
そのまま馬車を降り、家に入る。
出迎えてくれた子供たちや祖父に挨拶して、わたしはシエルと一緒に部屋に向かった。
ちらりとアルフレットを見ると、お祖父様に声をかけている。
わたしの視線に気づくと、こちらを見て小さく頷いた。
(お願いします)
心の中でわたしは頭を下げる。
シエルは部屋に着くまで、ずっと黙っていた。
元々、それほど饒舌な方ではない。
だが、何かを察している感じがするのは気のせいではないと思った。
「姉さん。僕に何か話したいことがある?」
わたしの部屋の前でシエルはそう聞く。
「あります」
わたしは頷いた。
「アークも呼ぶ?」
シエルはさらに尋ねた。
わたしは黙って頷く。
「わかった」
シエルはたった一言、そう言った。
アークやシエルに椅子を勧め、わたしは自分の部屋のベッドに腰掛けた。
今日あった出来事を話す。
フローレンスの正体が王子だと打ち明けた瞬間、シエルの顔色が曇った。
「はあぁぁぁ」
大きなため息を漏らす。
「それで、求婚とかされたの?」
シエルの言葉に、わたしは目を丸くした。
「どうしてわかるの?」
聞き返す。
「この流れでわからない方がどうかしている」
シエルはため息をついた。
「それで、姉さんは断れなくてOKしてしまったんでしょう?」
そう続ける。
「……はい」
わたしは頷くしかなった。
読まれすぎていて、怖い。
「嫌な予感はしていたんだよ、最初から」
シエルは口を尖らした。
怒られているように感じて、わたしはシュンとする。
「何度も断ったんだけど、断りきれなくて……」
言い訳した。
「断るなんて、無理でしょ」
シエルは苦く笑う。
「そうなの。王子様だから」
わたしは頷いた。
「違うよ。そういう意味じゃない」
シエルは首を横に振る。
駄目な子を見るような目でわたしを見た。
わたしは首を傾げる。
意味がわからなかった。
「姉さんは最初から、王子のことを気に入っていたんだよ」
シエルは複雑な顔をする。
「それは、シエルのお嫁さんにしたいと思ったから……」
わたしは理由を口にする。
フローレンスのことは確かに気に入っていた。
だが、シエルのお嫁さんにちょうどいいと思ったのだ。
そう説明するが、シエルは否定する。
「姉さんはたいてい誰とでも仲良くなれるし、誰とでも上手く付き合える人だけど、自分から誰かと仲良くなりたいと行動することはないし、僕より他の誰かのことを優先することもなかった。でも、僕の頼みを断って姉さんはフローレンスに会うことを選んだ。……あの時から、こういうことになる予感はしていたんだ」
切ない顔でわたしを見る。
「姉さんは王子に一目惚れしたんだよ」
苦く笑った。
「ええっ?!」
わたしはびっくりして固まる。
心の底から驚いた。
そういうつもりは全くない。
「でも、最初は女の子だと思ったのよ?」
そんなはずはないと、わたしは否定した。
「本能的に女の子ではないことがわかっていたんじゃない? もしくは、女とか男とかそんなの関係ないくらいの恋に落ちてしまったか。一目惚れなんてそんなものなんじゃない? 理屈じゃないだよ、恋は」
妙に大人な意見がシエルから出る。
「シエルはそんな恋をしたことがあるの?」
わたしは心配になった。
知らぬ間にシエルは大人になってしまったのかもしれない。
自分のことより、そっちの衝撃の方が大きい。
「僕のことはこの際、いいから。姉さんは自分のことを考えて」
シエルは苦笑した。
「一目惚れなんて、そんな……。したことないもの」
前世でも……と心の中で付け加える。
前世でそれなりに長くわたしは生きた。
恋愛の一つや二つくらいはしたことがあるし、経験がゼロというわけでもない。
ただわたしは自分が結婚には向かない人間だと早々に恋愛に見切りをつけてしまった。
燃えるような恋をしたことはないし、一目惚れなんてものも経験がない。
これが一目惚れなのだと言われても、戸惑うしかなかった。
「姉さんは結局、王子との結婚が嫌ではないんだよ」
シエルは決め付ける。
「そんなことは……」
わたしは違うと否定するための言葉を探した。
「お妃様なんて荷が重いし、王宮で王族として暮らすなんてわたしに出来るとは思えない。王子と結婚なんて、その他大勢のわたしには本当に無理だと思うのよ」
言い募る。
「それは結婚を躊躇う理由であって、王子が嫌いな理由にはならないでしょう?」
諭すようにシエルに言われて、わたしはぐうの音も出ない。
ううーんと考え込んだ。
「でも、ほら。28歳と19歳でかなり年が違うし、結婚したら苦労するのは目に見えているでしょう? お姫様が王子様と結婚しても幸せになれるかどうかわからないのに、その他大勢のわたしが王子様と結婚したら大変だと思わない?」
シエルに同意を求める。
「それは大変だと思うよ。だからそうならないように、何度も止めたのに。それでも、姉さんは本能で選んでしまった」
やれやれという顔をされた。
「……本当に、一目惚れだと思う?」
わたしはため息混じりに確認する。
「本当に嫌だったら、例え相手が王子でも姉さんはどんな手を使っても断るよ。それこそ、目の前で命を断っても。……姉さんはそういう人でしょう?」
諭すようにシエルに問われた。
確かに、わたしは意外と頑固で嫌なことは絶対にしたくない人だ。
それがただのポーズで本気ではなかったとしても、命を断つふりくらいならするだろう。
結局、わたしはいろいろ理由をつけて断れないことを正当化しようとしていたのかもしれない。
「なんか、ショック……」
わたしは落ち込んだ。
自分のことを自分がわかっていなかったこともショックだし、それをシエルにはわかられていたことにも凹んだ。
姉として、情けない。
「いや、そこでショックを受けるのは姉さんではなく、アークの方だから」
シエルはアークを見た。
アークは苦笑する。
「オレは、まあ……。無理なのは最初からわかっていたから」
小さく肩を竦めた。
「アーク……」
謝罪の言葉も見つからず、わたしは黙る。
何を言っても、アークを傷つけそうで怖かった。
それなのに、明日は優勝するためにアークに協力してもらわなければならない。
(申し訳なさ過ぎて、消えてしまいたくなる)
わたしは泣きたい気持ちになった。
「そんな顔、しないでください。オレはマリー様が一人で寂しく暮らすようなことにならなければ、それでいいんです」
アークは優しいことを言ってくれる。
こんな時でもわたしを慰めてくれた。
(どうしてわたしはアークを選べなかったんだろう)
絶対に口に出してはいけない言葉を心の中で呟く。
アークはそんなわたしを優しい目で見つめていた。
実は恋していたようです。
本当に嫌ならどうやっても逃げる人でした。
もう一つだけ、第五章が続きます。




