前世の続き
仲良しです。
わたしたちはベッドに入り、横になった。
そのままつらつらと話を続ける。
「マリアンヌの話は私一人の胸にしまっておきたいところですが、現実問題として難しいでしょう」
ラインハルトは呟いた。
「そうですね」
わたしは同意する。
「国王様と、わたしの諸々によって迷惑をかけることになるルイスあたりには話を通しておかないといろいろ面倒なことになりそうです」
苦く笑った。
地方の男爵令嬢だった時は影響力もたかがしれている。
何をしてもたいして問題はなかった。
だが、今はそうはいかない。
わたしは王子妃だ。
「父上はお茶に招いているのでその時に話が出来るタイミングを作りましょう」
ラインハルトは約束してくれる。
わたしはほっとした。
一人で抱えていた時より、いろいろ楽になりそうだ。
「話して良かったです」
わたしは微笑む。
そんなわたしの頬にラインハルトは手を伸ばした。
優しく触れる。
くすぐったくて、わたしは笑った。
「前世はどんな世界だったのですか?」
ラインハルトは話を聞きたがる。
「そうですね」
わたしは自分が暮らしていた世界を思い浮かべた。
「とても便利でした。馬車よりずっと速くて快適に移動できる乗り物があって、空を飛んで移動する手段もありました。ああいうのが今あれば、ローレライから米を輸送するのも容易いのですけどね」
飛行機は無理だとしても、せめて列車を……と思う。
トラックだっていい。
輸送コストが抑えられれば、米は流通させやすい。
だが、無理な相談だ。
わたしにそんな知識はないし、あっても使うつもりはない。
メリットもあるが、デメリットだってある。
それが良い方向に動くか悪い方向に動くかはやってみないとわからなかった。
そんなリスクを取る理由がこの国にはない。
そこそこ豊かで、人々は生活に困っていなかった。
それなら、このままでいい。
便利な暮らしが必ずしも良いとは限らない。
「それから、わたしが暮らしていた国は食べ物が豊富でした。いろんな食材を簡単に買えて、お菓子や料理は手に入れようと思えば、一日中、いつでも手に入れることが出来たのです」
わたしの言葉に、ラインハルトは驚いた。
「凄いですね」
感心する。
たぶん、わたしがイメージしているスーパーやコンビニは伝わっていないだろう。
だがそれでも、便利なことはわかるようだ。
「その世界が本当に幸せだったかどうかは今でもわからないのですけどね」
わたしはそう続けた。
「わたしが生れた国は便利で、豊かでした。でもきっとその豊かさは誰かの何かの犠牲の上に成り立っていたのだと思います。この世界が幸せなのかそうでないのか、死ぬまでわからないって思っていたのですが、死んでもわかりませんでした。いろいろやり残したことがあるから、わたしは前世の記憶を持ち続けているのかもしれないですね」
ため息がこぼれる。
「マリアンヌがやり残したことってなんですか?」
ラインハルトは尋ねた。
「例えば、結婚とかですかね」
わたしは苦く笑う。
「前世のわたしは結婚に自分は向かないと早々に判断して、恋愛とか結婚とかそういうのを切り捨てたのです。生まれ変わってからも縁がないと思っていたのですが、結婚して妊娠しているのだから不思議ですね。前世で、逃げたことをやり直しさせられている気分です」
わたしは自分の頬に触れているラインハルトの手を自分の手で包み込んだ。
「前世では結婚していなかったのですか?」
ラインハルトは嬉しそうな顔をする。
「しませんでした。恋人が一人もいなかったとは言いませんが。わたし、基本的に自分勝手なので他人と一緒に暮らすのはあまり向かないと思うのです。それはまあ……、今もあまり変わっていないかもしれませんが」
わたしは気まずい気持ちになった。
前世の自分と今の自分はそれほど変わっていない。
中身が一緒なのだから、当たり前だ。
三つ子の魂百までも――は真実だとしみじみ思う。
「ラインハルト様は物好きですよね」
感心した。
わたしを選ぶなんて、だいぶ変わっている。
「そうでもないですよ」
ラインハルトは笑った。
にやにやする。
何かを企んでいる顔に、わたしはちょっと身構えた。
「でもそうなると、初めての時に言った言葉は嘘になりませんか?」
ラインハルトは問う。
「何のことでしょう?」
わたしは首を傾げた。
嘘をついた覚えはない。
「初めてだから怖いとかなんとか、いろいろ言われた記憶があるのですが……。本当は初めてではないということですよね?」
ラインハルトは問い詰めた。
責めるような目を向ける。
「いや、そこは前世のことはカウントされませんよね? 初めてで間違っていないと思います」
この身体では初めてなのだから問題ないとわたしは主張した。
「そうですか?」
だが、ラインハルトは納得しない。
不満な顔をした。
「……」
わたしは困る。
「何をすれば納得するのですか?」
問いかけた。
その質問をラインハルトは待っていたらしい。
わたしの耳に口を寄せて、ぼそぼそと囁いた。
今までしたことがないことを要求される。
「そんなこと、前世でもしていません」
わたしは顔を赤くし、首を横に振った。
「だから、初めてを私として欲しいのです」
ラインハルトは真顔で言う。
「~~~」
わたしはただ困った。
ラインハルトはいちゃいちゃしたいようです。




