招待
返事は送った手紙に合わせて書かれます。
アントンが持ってきたのはアルフレットからの返事だった。
「ありがとう」
手紙を受け取り、わたしは早速読もうとする。
だがそれをラインハルトに止められた。
「手紙は執事に開けて貰い、安全を確認してから開くものです」
窘められる。
はやる気持ちのまま、びりっと手で開封しようとしていたわたしは慌てて、手を止めた。
(ごもっともです)
心の中で返事をする。
「アントン」
執事を呼んだ。
「お願い」
手紙を託す。
「かしこまりました」
出来る執事はペーパーナイフを用意していた。
開いて、便箋を取り出す。
それをわたしに渡してくれた。
わたしが送った手紙は内容も薄く、便箋の枚数も少ない。
それに合わせたように、返事の手紙も便箋の数は少なかった。
わたしはさっと目を通す。
確かにわたしが送った手紙への返事だ。
要約すると、任せろと書いてある気がする。
わたしが肝心の噂の中身を書かなかったように、アルフレットも何を任せろと言っているのかは書いていなかった。
「うーん」
思わず、わたしは唸る。
「どうしました?」
ラインハルトに心配そうに問われた。
「曖昧な手紙を送ったら、曖昧な返事が返ってきました」
苦笑しながら、手紙をラインハルトに差し出した。
「いいのですか?」
ラインハルトは他人の手紙を読むことに躊躇する。
育ちの良さが窺えた。
「たいしたことは書いてないので、読んで貰って大丈夫です」
わたしは答える。
それを聞いて、ラインハルトは手紙を受け取った。
読み進める。
「なるほど」
小さく笑った。
「まったく内容がないですね」
かろうじて、マリアンヌの手紙の意図は伝わっているかもしれないと思えた。
「その曖昧さはわたしが送った手紙に呼応しているので、とりあえずわたしの手紙は無事に届いているようです」
わたしはほっとする。
あとはアルフレットを信じるか否かだろう。
それなら、わたしは信じる。
アルフレットに手紙を送った時点で、わたしは託していた。
アルフレットは無能ではない。
「手紙が無事に届いているなら、よしとします」
わたしは呟いた。
そんなわたしを不思議そうにラインハルトは見る。
「意外ですね」
そう言った。
「シエルのことなので、もっといろいろ大騒ぎするかと思っていました」
わたしがあっさり引いたのが、予想外らしい。
「騒いでなんとかなる問題なら、騒ぎます。でも、騒いでもどうしようもないでしよう? 王都とランスローは遠く離れていて、何かあったら駆けつけられる距離ではないのです。側にいるアルフレットに託すしかありません」
わたしは正論を並べていく。
自分に言い聞かせた。
納得するしかない。
感情ではなく、理性で動かなければ失敗するかもしれない。
わたしは精一杯、冷静であろうとしていた。
「それに、相手の狙いがわからないうちはこの件で騒ぐのは得策ではありません。わたしたちは何も知らない顔をしておくのが一番いいのではありませんか?」
ラインハルトに聞く。
「そうですね。騒がない方がいいのは確かです」
ラインハルトは頷いた。
騒げば、噂を知らない人まで噂に気づく。
こういう場合、スルーするのが一番だ。
ネット社会に生きていたわたしはスルースキルをそれなりに持っている。
素知らぬふりは得意だ。
「それなら、わたしはずっと押し黙っています。それがシエルを危険から遠ざけることになると信じて」
わたしの言葉に、ラインハルトは同意してくれる。
わたしは少しだけ気持ちが軽くなるのを感じた。
「後は積極的に、別の噂でも流しておきます」
にっこり笑って付け加えると、ラインハルトは困った顔をする。
そっちの方が問題だと慌てた。
「どんな噂を流すつもりですか?」
警戒する。
「心配しなくても、自分の足下を掬われるような噂をしたりしません。……最終的には、悪い噂になるかもしれませんが」
わたしは苦笑する。
わたしの行動は悪い方に解釈されがちだ。
それはもう仕方が無い。
どう受け取るかは個人の自由だ。
「何をするつもりでも、事前に私に教えてください」
ラインハルトはとても不安な顔でわたしを見る。
ため息を吐いた。
「国王様をお茶に招待したいと思っているだけです。マルクス様もフェンディ様も城からいなくなったので、国王様が寂しい思いをしているのではないかと気になっているのです」
わたしは心密かに、ポンポコに悪いことをしたと思っている。
マルクスもフェンディも自ら望んで城を出た。
スローライフを実現するためと、好きな人と暮らすために。
本人たちはそれでいいだろう。
だが、残された家族は寂しいに違いない。
特に息子を2人も手放すことになった国王は喪失感も大きいだろう。
その気持ちを少しでも慰めたいと思っていた。
「しかし、そんなことをしたら……」
ラインハルトは渋い顔をする。
「国王に取り入っていると言われるでしょうね」
わたしは頷いた。
なんて言われるのかは、だいたいわかっている。
2人の王子がいなくなった隙に、国王を懐柔しようとしている--と言われるくらいは覚悟していた。
「わかっていて、悪者になるつもりですか?」
ラインハルトは呆れる。
「悪者になるつもりはないけど、悪く言われるのは仕方ありません。悪い噂の方が盛り上がり、人の口にのぼりやすいのは確かですしね」
シエルに関する例の噂を打ち消せるなら、わたしはなんでもやる気だ。
そんなわたしの決意に満ちた顔をラインハルトはまじまじと見る。
「わかりました。父上には私から招待状を送っておきましょう」
ラインハルトはため息交じりにそう言う。
放置するより、協力する方が安心だと判断したようだった。
悪いことしないけど、悪く言われるのは仕方ないのです。




